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ドキュメント・ザ・舞台裏/「電気ショック療法」の現場を潜入レポート!(2023/02)
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「電気ショック療法」の現場を潜入レポート!
当院の舞台裏を潜入レポートする本企画。今回は特集記事にも登場したECTの現場に出向いて、そのリアルな実際をご紹介します。
「ECT」と聞いてハッと表情が変わるのは、精神科事情にかなり詳しい人だろう。
かつては精神科のタブーとして黒歴史のように扱われ、世間的にも「電気ショック療法」「電気けいれん療法」といった呼称で、恐怖の代名詞になっていた感のある治療法だ。
このECT、実は現在でも行われていることをご存じだろうか? 当院においても、この2年間で11ケース実施と記されている。
鉄格子に囲まれた精神病院の一室にて、ベッドに縛り付けられた患者が電極を押し付けられ、ビリビリッ、バシバシッ!「うぎゃあ!!!」とフロアに響きわたる絶叫。おそれ慄く職員と患者を横目に、ニヤリと不遜な笑みを浮かべるマッド精神科医。
……という風な「都市伝説」が実際とは真逆であることを、今回の取材で身をもって痛感した。現在行われているECTは、きわめて安全かつ穏やかな治療法だったのだ。
筆者にとっても目からウロコの連続だったECTの現場を、さっそくレポートしてみたい。
ECT前日~機器の紹介
今回ご案内いただくのは、A3(精神科救急)病棟の師長をつとめる看護師・大谷さんである。
Q.当院で行われているECTは、いったいどんなものなんですか?
「では、部屋に行ってみましょうか。どの病棟の患者さんも、ECTはここで実施します」
案内されたのは、とくにどうということのない個室である。見慣れない装置がいくつか置かれているが、これがビリビリマシンなのか?
Q.部屋に入っただけで感電とかしないですよね!?
「アハハ、大丈夫です。現在行われているのは正確にはm-ECT、「修正型電気けいれん療法」と呼ばれています。患者さんに麻酔をかけて、筋弛緩剤を投与したうえで電気を通すんです。意識が無く眠ったような状態で、全身のけいれんも起こさないので、苦痛を感じることは全くありません」
昔のECTは「有けいれん」で、患者さんへの苦痛をともなう療法だったものの現在のm-ECTは意識も苦痛も一切ないらしい。
のっけから拍子抜けであるが、もちろん患者さんにとっては大きな福音である。
Q.ところで、このマシンたちは、どういう働きをするんですか?
「実施する順番に説明すると、まず、このモニターを患者さんに装着します。心電図や血圧、酸素飽和度などがリアルタイムで表示され、ドクターはこれを確認しながらECTを進めていきます」
麻酔を用いるだけに、こういったバイタルサインの監視は不可欠なのだろう。
「次に、この麻酔器の酸素マスクを患者さんに装着します。麻酔については、この機器か笑気ガスも入れられますが、排気管理に手間がかかることもあって、当院ではまず硫酸アトロピンを注射して心拍低下などの術中リスクを防止したうえで、プロポフォールを注射して麻酔をかけて、そこに筋弛緩剤のスキサメトニウムを加えています」
Q.麻酔薬だけでなく、筋弛緩剤も加えるのはどうしてですか?
「筋弛緩剤には全身のけいれんを抑える働きがあるので、けいれんに伴う怪我を防げるんです」
Q.なるほど、ガッツリ深く眠ってらっしゃる間に実施してしまうわけですな。
「いや、それが違ってですね。麻酔と筋弛緩剤が強く効けば効くほど、けいれんも抑えられると同時に、ECTの効果も弱くなってしまうんです。なので、いずれも効果の出る最小限の量を用いるのが重要なんです」
深く麻酔をかけて完全に痙攣を抑え込んでしまうと、治療効果が小さくなってしまう。かといって麻酔や筋弛緩剤が足りないと、全身の痙攣が起きて怪我のリスクが出てしまう。さらに、麻酔薬や筋弛緩剤の効きかたには個人差も大きいとのことで、この微妙な匙加減が腕の見せどころのようだ。
「ECTの最中、左足首だけは一時的に血流を止めて、筋弛緩剤が流入しないようにします。そうすると、左足首だけはけいれんを起こすので、電気の効果を目視でき、筋電図でもけいれんの波形を確認できるんです」
安全な範囲であえて部分的にけいれんを起こすことによって、ECTの影響を目視と筋電図でもダブルチェックしているのだという。
「さて、次はいよいよECTの要となるサイマトロンです。これが電気ショックを発生させるわけですが、同時に心電図や筋電図、脳波も測定できるスグレモノです。電極をこんな風に当てて通電するんです」
一見すると何の変哲もない箱だけれど、これ1台で350万円ほどするらしい。そうかー、これで新車が買えてしまうのか。
「ECTを受ける患者さんは、まず皮膚をアルコールで拭いてキレイにします。最後にこめかみを生理食塩水で拭くのがポイントで、これが乾いてから電極を貼ることで通電がスムーズになります」
基本的なことを聞き忘れてました
Q.つい機材にばかり気を取られて、基本的なことを聞き忘れてました。ECTって現在、どういう患者さんに実施されているんですか?
「通常の精神療法や薬物療法では治療効果が出にくい、重いうつ病や双極性障害、もしくは難治例の統合失調症などが適応です。週2回くらいのペースで、1クール6回から12回ほど行うことが多いですね。当然ながら、ご本人の同意を得たうえでの実施となります」
Q.電気ショックと聞くと正直、ちょっと恐いんですけど、実際のところどうなんですか?
「たしかに昔の方式のECTは、患者さんに苦痛が生じました。それで懲罰的に実施され社会問題になった病院も過去にはありました。しかし現在のECTは苦痛を生じませんし、懲罰的な実施もあり得ないですね」
Q.副作用などは大丈夫なんですか?
「安全性については、重大な副作用や障害が起こる確率は5万回に1回以下と言われており、出産に伴う危険性よりも少ないです。術後に軽い頭痛やもうろう状態が起こることはありますが、数時間で改善することが大半です」
ECT実施の現場を取材!
今回の取材ではさらに、ECTを受ける患者さんと担当医の承諾を得て、実施の現場に同席させていただける機会に恵まれた。
筆者がA3病棟の病室に伺うとすでに、準備作業を行う複数の精神科医と内科医、看護師たちの姿があった。
そこに患者さんがストレッチャーで運び込まれると同時に、モニターや電極、酸素マスク等が手際よく装着されていく。
プライバシーに配慮する条件で写真撮影も許可されたが、麻酔導入時の前後だけは、シャッター音によって不必要な覚醒が起きるのを避けるため撮影禁が言い渡された(先述のように、最小量の麻酔薬で眠っていただくことが大切なのだ)。
あらかじめ師長さんから伺っていた手順通り、まずはモニターでのバイタルを確保したうえで、内科医によって硫酸アトロピン(副作用防止薬)、プロポフォール(麻酔薬)、スキサメトニウム(筋弛緩剤)が注射されると、患者さんはまもなく眠りに落ちたようだった。
通電の瞬間は電気ショックのような音が響くわけでもなく、ただモニターのビープ音が規則的に時を刻み続けるのみだった。筋弛緩薬を遮断している左足首がピクピクッとけいれんするさまを、医師と看護師が見守っている。
こうして通電が終わると、患者さんが麻酔から覚めたのを内科医が確認する。念のため酸素マスクは装着したままの状態で、患者さんはストレッチャーに乗って元の病棟に帰っていかれた。
所用時間は、患者さんが入室されてから退室まで30分ほどだった。
ECTへの思い
さいごにECTへの思いを師長さんに伺った。
「ECTは機材もマンパワーも多く必要とするので、京都府の民間病院で行っているのはウチだけなんです。それでもECTを続けているのは、難治例の患者さんに自前で提供できる治療の選択肢を増やしたいという院長の強い意向があってのことと聞いています」
「通常の治療では改善が困難で、自力では食事を摂ることもできなかった重度のうつ病患者さんが、ECTを実施したら大きく改善され、自ら空腹を訴えて食事をされるようになったケースなどもあって印象に残っています」
ECTによって改善される患者さんが今後も増えることを願いつつ、筆をおきたい。
(取材と原稿/臨床心理士・名倉)
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