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特集/「作業療法」(2019/08)
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「落ち着ける時間を持つ」ことで、回復を助ける仕事
Q.一般に、「作業療法士」という言葉は知っていても、どんなことをする仕事なのかわからないという人は多いと思います。たとえば、同じリハビリテーション専門職である「理学療法士」と、どこが違うのか? まずはそこから教えてください。
金坂 理学療法士は、基本的な身体機能の回復をおもに担う仕事ですね。それに対して、作業療法士が担う役割はもっと広いのです。作業療法の「作業」とは、一言で言えば「人が生活していくうえで必要なことすべて」を指します。ありとあらゆる作業のうち、患者さんが「必要なこと・したいこと」に焦点を当てて、その作業ができるようにサポートしていくのが、私たち作業療法士の役割です。
黒木 ただ、作業療法と一口に言ってもいろんな領域があります。私たちは精神科の作業療法士なので、精神障害者のケアとしてのリハビリを担っています。精神科での関わりが深いのは作業療法士の特徴で、身体機能のリハビリを中心とする理学療法士との違いでもあります。
Q.精神科領域の作業療法士は、たとえばどういう役割を担うのでしょう?
中川 精神科の病気というのは、うつ病であれ統合失調症であれ、脳機能が適切に働いていない状態です。具体的には、意欲が低下したり、集中力が続かなかったり、不安にかられたり、余計なことばかり考えて落ち着かなかったり……。そういう状態が続くことで、さらに脳がうまく働かなくなります。作業療法を行うことによって脳機能の働きを適切な状態に戻すことが、私たちの担う役割と言えます。
そのためにまず大切なのが、患者さんが「落ち着ける時間を持つ」ということです。ひとはイライラしてしんどいときなどに、自分が没頭できる趣味の作業をするとスーッと気持ちが落ち着きますよね? 精神科の作業療法も、要はそれと同じことをしていると考えていただくとわかりやすいと思います。
金坂 さまざまな作業療法のプログラムが用意されていまして、その中から患者さんが自分のやりたいものを選ぶ形です。例を挙げると、手芸・革細工・園芸・コーラス・読書・陶芸・タイル細工・プラモデル作り・料理・絵画・卓球……。ほかにもいろいろあります。
Q.病室で一人でやるのではなく、みんなでやるのですね?
黒木 はい。精神科の作業療法の場合、「集団の力(group dynamics)」がリハビリの一環として用いられることがあります。ありのままの自分を他者に受け入れてもらう体験が自己受容とあらたな生活への歩み出しにつながったり、悩み苦しんでいるのは自分だけではないという普遍的体験が安心感につながったりする効果があります。
病院内には「精神科作業療法室」という大きな部屋があります。そこに集い作業を共にするプログラムもあれば病棟で小さなグループをつくって作業に取り組むプログラムもあります。患者さんの回復状態や希望に合った内容・形態となるよう、作業療法士が共にプログラムをコーディネートするのです。
Q.そうしたプログラムの中で作業に没頭することによって、患者さんの気持ちが落ち着いてくるのですね。
中川 ええ。病気がしんどい中でも、作業に没頭して夢中になっていると、自分の病状から一時離れてホッとする時間を持つことができて、気持ちが落ち着くのです。専門的には、そういう作用のことを「作業療法による鎮静効果」とか「没我性」と呼びます。
また、決まった時間に作業をすることで生活のリズムが整うため、自律神経の働きを整えるという面もあります。「作業療法を継続的にやったほうが、さまざまな症状が落ち着く」というデータがたくさんあるのです。
金坂 患者さんの中にも、作業療法の時間を楽しみにされている方が多いですよ。私は前に、車椅子で作業療法室にご案内したある患者さんに、「ここに来て、みんなと一緒にこうやっていられることが幸せ」とポツリと言われて、「作業療法士をやっていてよかった」としみじみ思ったことがあります。入院生活を送っている中で幸せを感じてもらえるんですから……。
患者さんをありのまま受け止める「器」として
Q.先ほど挙げていただいた作業療法のプログラムを見ると、手先を使う作業が多いようですね。
中川 そうですね。それは、手先を使って細かい作業をすること自体が、脳を活性化させて精神疾患の改善につながるからです。単純な動作訓練をするより、何か意味のあるものを作ったほうが、脳の血流量はアップします。人が何かをする上で必要な脳の認知機能は、作業療法によって確実に向上するのです。
また、同じ物を作るのでも、ただ漠然と作るのと、「これができたら◯◯さんにプレゼントしよう」と思って心を込めて作るのでは、脳の活性化の度合いがまったく違います。そういうエビデンス(証拠)は、近年の神経科学(脳科学)研究の中でたくさん出てきています。人と動物の大きな違いは、手を巧みに使えるかどうかですよね? そのことが象徴するように、手先を使った細かい作業をすることが、「人間らしい心」の維持に役立つのです。
Q.ということは、みなさんは日々作業療法に携わるなかで症状が改善された例をたくさん目の当たりにされているわけですね?
黒木 たとえば、認知症の方が作業療法で手芸をやっていると、最初は自分が作った手芸作品のことも忘れてしまうことがあります。でも、継続して取り組むうちに、「これは私が作ったものなんだ」という意識が持てるようになっていきます。「記憶がつながる」と言いますか。
Q.黒木さんは、認知症のお年寄りを担当することが多いのですね。
黒木 はい。老年期領域が担当なので。老年期の作業療法では、「過去の思い出を懐かしむこと」が治療に重要なんです。というのも、病院は物も厳しく管理されていたりして、周囲に「なじみのあるもの」がないことが、認知症の患者さんの不安を増幅してしまうからです。だから、一緒に思い出話をして、過去を懐かしむことによって自分らしさを失わないためのサポートをするのです。「回想法」と呼ばれる作業療法・心理療法の手法です。
私たち作業療法士が認知症の患者さんと日々かかわりを持っても、認知症の中核症状(記憶力障害や実行機能障害など)の改善はほとんどみられません。でも、一緒にじっくり思い出話ができたときは、次の日に会ったときの表情が全然違うんです。いつもよりもいきいきとしていて、自然に明るい笑顔になるのです。
金坂 エビデンスはもちろん大切ですが、私たち作業療法士が担当の患者さんと心を通わせることが、何よりも大事なのだと思います。
私には忘れられない患者さんがいます。なかなか心を開いてくださらない方で、ある時期から話しかけるのをやめて、その患者さんの隣に座ってただ無言で作業をするようにしました。その方にとってはそれがよかったようです。「この人は口うるさく言わず、ただ黙って見守ってくれている」と感じたのだそうです。そこから、少しずつ自分の本音を語ってくれるようになりました。発症のきっかけとなった内容も打ち明けてくださって、「心が通った」という手応えがありました。そこから状態が回復されていって、いまは社会復帰されて働いておられます。
Q.その女性自身が何か作業をしたわけではないのに、ただ隣で見守ることによって状態が回復されていった、と…。そういう形の作業療法もあるんですね。
金坂 ええ。私は作業療法士として、「担当患者さんのいまの状態を受け止める器になれたらいいな」と思っています。入院していると、自由が利かない面もたくさんあります。でも、そんな中でも、私たち作業療法士と接する時間は「ありのままの自分でいられる時間」として過ごしていただければと思うんです。
黒木 認知症でいろんなことがわからなくなってきている患者さんとでも、何気ない一言に「心が通い合った」と感じる瞬間があります。たとえば、私が仕事を終えて帰るとき、「遅い時間までありがとう」とか「気を付けて帰ってね」と声をかけて下さったりするのです。
AI(人工知能)には決して置き換えられない仕事
Q.作業療法への取り組みについて、宇治おうばく病院ならではの強みを挙げるとしたら?
中川 精神科の中では、うちは作業療法士が比較的多い病院です。病院全体で30名を超える作業療法士がいますから。作業療法士が10名に満たない病院も多くあります。数が多いからこそ、ディスカッションを積み重ねたりして互いを高め合っていけるし、患者さん一人ひとりに対するケアもきめ細かくできます。そこが当院の強みだと思います。
金坂 作業療法士が集まって行う勉強会も、担当領域ごとのものや全体で行うものなど、活発に行われています。そのことを反映して、作業療法士が行う学会発表の数も、他の病院に比べてかなり多いですね。
黒木 提供できる作業療法の種目も他院に比べて多いし作業をするための道具や材料の用意も豊富で、治療効果が高めやすい環境が整っていると思います。
Q.2013年に英国のオックスフォード大学で実施された「AI(人工知能)が進歩しても生き残れる職業」という研究で、作業療法士は702の職種中第6位にランクされました。ちなみにその研究では、医師は15位、看護師は46位、理学療法士は90位でした。このことをどう感じますか?
金坂 たしかに、こちらの言葉一つ、表情一つが患者さんに影響を与える仕事ですから、AIには置き換えられないと思います。
中川 作業療法士の仕事についてよく使われるキーワードに、「自己の治療的利用」という言葉があります。「あるがままの自分の特性を治療に生かす」という意味です。まさに作業療法士の個性そのものが治療に生かされる仕事であって、その意味でも人間にしかできないと思います。
作業療法士は、今後ますます脚光を浴びそうですね。 本日はありがとうございました。
(取材・原稿)前原政之
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