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特集/薬よりも強い?「家族の力」(2015/10)
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家族の存在は、毒にも薬にもなる
Q.ご家族が統合失調症になった場合、親御さんが「育て方が悪かったのではないか」などと責任を感じてしまうケースも少なくないようですね。
村井 そうなんですよ。でも、親の育て方や家族の接し方が原因で統合失調症になるということはありません。ですから、発症についてご家族が責任を感じる必要はまったくないのです。何よりその点を強調しておきたいですね。そのうえで、治療を進めるには家族の役割が重要になってきます。どれくらい重要かといえば、じつは「家族の対応が薬の効果に勝った」というデータがあるのです。
それはどういうことですか?
村井 順を追って話します。統合失調症治療の歴史の大きな節目となったのは、1950年代に「クロルプロマジン」という薬が開発されたことでした。この薬は非常に効果の高いものだったので、「統合失調症(当時は精神分裂病)は薬さえ飲んでいればいい」という空気が、精神医学界全体に生まれました。
つまり、そのころは家族の役割が軽視されていたわけですね。
村井 ええ。ところが、1960年代のイギリスで、統合失調症の再発率を調べた大規模な調査が行われて驚くべき結果が出ました。薬をちゃんと飲んでいて家族の対応が悪いケースよりも、薬をちゃんと飲まずに家族の対応がよいケースのほうが、再発率が低かったのです。これは、世界中の精神科医にとって衝撃的な結果でした。
そこから、統合失調症治療における家族の対応が重視されるようになったわけですね。
大月 はい。統合失調症の再発因子として、「感情表出(Expressed Emotion)」という概念が提唱されたのも、60年代のイギリスにおいてでした。英語の頭文字から「EE」と略されますが、これは患者さんにとって苦痛となる家族の感情表出を意味します。
村井 「感情表出」とは、家族が患者さんを批判したり、敵意を向けたりといったことを指します。「いつまでも甘えてないで働け!」などのキツイ言葉で怒鳴ったり、患者さんの言葉を冷たく無視したり、あるいは逆に、過度に気を遣うなどの「情緒的巻き込まれ」に陥ったり……。そういうことをひっくるめて「感情表出」と呼ぶのです。
「感情表出」が多いことが、「家族の対応が悪い」ということなのですね?
大月 ええ。患者さんに苦痛を与える感情表出が多い家庭を「高EE」、少ない家庭を「低EE」と呼びますが、高EEの家庭と低EEの家庭を比べると、統合失調症の再発率は約5倍もの違いがあることがわかっています。
村井 それと、EEが最初に注目されたのは統合失調症についてですが、「気分障害」(うつ病・躁うつ病)についても同じことが言えます。高EEの家庭ほど再発率が高いのです。精神科臨床の現場ではなかば常識となっているこの高EEの調査結果に、今こそ再注目する必要があると感じています。
「適度な距離感」を身につけるために
Q.患者さんを怒鳴ったりすることが悪影響を与えるのはわかりますが、家族の「情緒的巻き込まれ」が悪いというのはわかりにくい気がします。
村井 「情緒的巻き込まれ」とは、言いかえれば患者さんに対する「過保護・過干渉」ですね。「私がこの人を支えなきゃ!」と力んでしまい、患者さんをギュッと抱え込んでしまう状態です。自立の妨げにもなりますし、そういう状態でいた場合、百のうち九十九までは優しい言葉をかけたとしても、疲れきったときについ発した一つのキツイ言葉で、全部台無しになってしまったりします。「これだけ私が頑張ってるのに、なんでわかってくれないのよ!」と爆発してしまったり……。そういう「爆発」は、熱心な家族だからこそ起きます。家族が患者さんに対する「適度な距離感」を保つことが大事なのです。
Q.「適度な距離感」……つまり、放任でも過保護でもない、ということでしょうか?
村井 ええ。過保護から一歩身を引いた状態が、「見守り」です。これはまだ一部「保護者的」で、患者さんを家族の管理下に置こうとする姿勢と言えます。そこから一歩進んで、「患者さんの主体性を尊重し、まかせるべき点はまかせ、自立を促す」という姿勢が、「適度な距離」にあたります。「まかせる」の域に至ったとき、患者さんのご家族もやっと「自分の人生を歩める」のです。
大月 その「適度な距離」を身につけるためにも、精神疾患に対する正しい知識を家族が持つことが必要だし、「心理教育」(患者やその家族が、病気についての知識と注意点を学ぶこと)・「家族教室」が大切なのです。孤独な状態で家族の病気に立ち向かっていると、どうしても「抱え込み」「情緒的巻き込まれ」に陥りがちですから……。
村井 当院では、統合失調症がまだ「精神分裂病」と呼ばれていた1995年に、医局でアンケートをとりました。その中で「この病気に対する心理教育は必要だと思いますか?」という設問をしたところ、医師全員が「必要だ」と答えました。その結果をふまえて、心理教育・家族教室を始めたのです。
Q.ということは、全国でも先駆的な取り組みであったわけですね。
村井 かなり先駆的だったと思います。同じアンケートの中で病名告知についても聞いたところ、告知していた医師は約2割でした。これは、当時の告知率の全国平均と同じくらいです。つまりそれくらい、精神分裂病はまだ「告知しにくい、怖い病気」で、心理教育へのハードルも高かったのです。
家族を「治療チームの一員」にする
Q.実際にいま「家族教室」を担当されている大月先生に、具体的な進め方についてご説明いただければと思います。
大月 当院の場合、家族教室には三つのカテゴリーがあります。そのうち私が担当しているのは「急性期」いちばん最初の段階で開く家族教室で、それを「ファミリー・グループ」と名づけています。いわば「入門編」ですね。二つ目が、何回か入院をくり返している方とか、通院が長くなっている方とそのご家族に対する家族教室。そして三つ目に、患者さんのご家族が主体となって運営する「家族会」です。
Q.「ファミリー・グループ」で行う心理教育の中身は?
大月 初回入院、もしくはそれに近い状態の患者さんとご家族に、統合失調症についての正しい知識を持ってもらうことと、ご家族の不安を軽減することが主眼です。平均すると、毎回3~4組のご家族が参加されますね。2回がワンセットになっていて、初回は私が担当して疾患全般についての基礎知識を教え、2回目は臨床心理士が担当して家族の対応の仕方を教えるという構成になっています。
Q.ファミリー・グループに参加すると、ご家族の様子が変わってきますか?
大月 そうですね。告知を受けた段階ではご家族の心は混乱の極みで、医師の言葉もほとんど頭に入りません。それに最近では、ネットに氾濫しているいいかげんな情報に触れたりして、よけい不安が増してしまうことも多いのです。そういう不安を解消してあげられますし、同じように統合失調症の患者さんを抱えた別のご家族と一緒に受けることで、仲間意識も生まれます。統合失調症の治療は急性期の対応が最も大事ですから、その時期にご家族に安心感を与えられる意義は大きいと思います。
Q.担当スタッフは、精神科医と臨床心理士の2人ですか?
大月 いいえ。当院の場合、薬剤師、精神保健福祉士、作業療法士、それに病棟の看護師も参加します。毎回7~10人程度のスタッフが参加するので、ご家族よりスタッフのほうが多いこともあります(笑)。家族教室をやっている病院は多いですが、当院のように参加スタッフが多いところは少ないと思います。
村井 先ほどの「EE」の話は、ご家族にかぎった話ではありません。病院のスタッフが患者さんに対して「高EE」状態になって、悪影響を与えてしまうこともあるんです。でも、多くのスタッフがファミリー・グループに参加することによって、「低EE」な対応を学ぶことができるんですね。つまり、スタッフ教育の場にもなっているわけです。
大月 それは私もすごく感じますね。たとえば作業療法士や薬剤師は、患者さんのご家族と接する機会自体が少ないですから、そういう機会をもつことが成長の糧になります。
村井 家族教室を開くことが直接病院の利益につながるわけではないですが、長い目で見れば、当院の医療の質を高めるために大きく寄与していると思います。
Q.「高EE」だった家族が、家族教室を通じて「低EE」に変わっていく事例も多いですか?
村井 それはもう、枚挙にいとまがないほどあります。私が家族教室を担当していたときの印象深い例を挙げます。統合失調症の息子さんをもつ父親から、こう言われたんです。「最近、息子がえろう優しくなったんですわ。先生、お薬変えはったんですか?」と……。でも、薬は同じでした。それで、あとで当の息子さんに話を聞いたら、「最近、親父が僕にガミガミ言わんようになって、家でもラクなんですわ」と言うんです(笑)。つまり、そのお父さんは家族教室を通じて、息子さんとの適度な距離の保ち方を学んだわけですね。お父さんが変わったからこそ、息子さんも変わったのです。
Q.まさに、「家族の力が薬よりも強い」ことを示す典型的事例ですね。
大月 そうですね。また、家族同士のつながりが大きな力になることもよくあります。家族教室などで、あるご家族が患者さんについての悩みを話した時、別のご家族が「我が家でも同じようなことがあったけどこうすることで解決したよ」という話をしてくれたらそのアドバイスは我々医師の言葉よりもずっとリアルで重いと思うんです。家族に患者がいる人にしかわからない気持ちもありますから……。
Q.なるほど。ほかのご家族の姿からも多くのことが学べるわけですね。
村井 精神疾患の治療において、ご家族は医療チームの一員でもあると私は考えています。ご家族が「チーム」に溶け込んでくれたときにこそ目覚ましい治療効果が上がるのです。
(取材・原稿)前原政之
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