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ドキュメント・ザ・舞台裏/精神科救急病棟のリアルな裏側をお見せします!(2016/6)
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精神科救急病棟のリアルな裏側をお見せします!
「精神科救急病棟」というコトバを聞いて、皆さんはどんな世界を想像されるだろうか?
子どもの頃のイメージは恐ろしいものだった。
「黄色い救急車で運ばれる」
「鉄格子の独房に閉じ込められる」
「手足を縛りつけられる」
精神科病院に勤めて十余年になる現在の筆者は、これらのイメージが実情とかけ離れていることを一応知っている。けれども世間一般的にはどうなんだろう。ずっと勘違いが訂正されないまま、このような精神病院をイメージし続けている人たちがいるとしたら由々しき問題である。
そこで今回は初心に立ち返り、当院の精神科救急病棟を取材しながら、その実際を紹介してみたい。
中村師長さんに話をうかがう
今回ご登場いただくのは当院A3病棟の看護師、中村かおりさん。たおやかな佇まいに凛とした明晰さを併せ持つ、優しくも頼もしい師長さんだ。筆者がカメラを携えて病棟に赴くと、業務でお忙しい中、笑顔で取材に応じてくださった。
看護専門学校卒業後、民間病院の手術室や内科病棟で勤務。その後12年間、看護専門学校で教育にたずさわる。2013年4月より救急病棟の師長として勤務。
スーパー救急病棟ってなに!?
この病棟はスーパー救急ということですが具体的にどういうものなんですか?
「私たち看護師が患者さん10人に対して1人以上配置されていること、病室の半分以上が個室であることなど、精神科救急にしっかり対応できる通常よりもハイレベルな基準が法的に定められているんです」
さらに運用面でも、6割以上の患者さんが3ヶ月以内に自宅退院するよう定められていて早期退院を実現するための手厚い治療が求められる……それがスーパー救急病棟なのだった。
実際にはどうやって、このような運用を実現しているんでしょうか?
「順を追って説明していきましょう」
病期に応じた治療メニューの数々
「入院される患者さんの半数くらいが統合失調症で、次いで気分障害や認知症、その他いろんな方々がおられます。したがって病気の種類によって違いはあるんですが、たとえば病期を急性期、消耗期、回復期と3つに分けて、急性期は静養第一、消耗期は少しずつ治療プログラムに参加、回復期は退院に向けて準備といった具合に治療の流れを作っていきます」
急性期は静養だけで何もしないんですか?
「入院したばかりの患者さんはいろんな不安を抱えてらっしゃることが多いですから、それらをしっかりお聴きしたうえで説明させていただく『ホッと入院』というプログラムを設けています」
消耗期の治療プログラムというのは?
「身体感覚を取り戻すためのストレッチを行ったり、病気への理解を深める勉強会に参加してもらったりします」
回復期の準備ではどんなことを?
「退院後の生活で不安な点を話し合ったり、退院に向けて外泊してもらったりするケースが多いですね」
なるほど、病期に応じた適切な関わり合いがあるわけだ。
「それ以外にも、さまざまな病期の患者さん数人と医師、看護師とで入院中の目標を話し合う『PSミーティング』という場も設けています」
病期の異なる患者さん同士が同じ場に入っても大丈夫なんですか!?
「急性期を脱して相部屋で過ごしている患者さんが、まだ混乱状態にあって保護観察室で過ごしている患者さんにアドバイスしてくださると、同じ苦しみを経験している者同士の共感と言いましょうか、スタッフが助言するよりもずっと納得してくださることが多いんです。うまくアドバイスできた患者さん側もそれが自信につながりますし、むしろお互いに好ましい影響があると感じますね」
保護観察室の工夫あれこれ
先ほど話に出てきた、保護観察室について教えていただけますか?
「混乱状態にある患者さんの場合、外的な刺激をできるだけ少なくして静養する必要があるので、しばらく個室で過ごしていただくことがあるんです。このような保護観察を要する患者さんは、A3病棟の全入院の4割くらいですね」
実際のお部屋を拝見してもいいですか?
「ちょうど空室があるので見てみましょうか」
案内された部屋を見わたすも、とくに変哲のない個室である。強いて言えばベッドが低いくらいで、鉄格子すらまったく無い。
「鉄格子は圧迫感があって治療環境上も良くないのでウチでは使っていません。ただ、万一の危険を考えて窓は強化ガラスになっています」
ほかに工夫されている点はありますか?
「何かに追われているといった妄想に捉われている患者さんは、とにかく逃げなくちゃ! と焦燥に駆られて、部屋の上へ上へと登ろうとされるんです。それで怪我をする危険性を減らすため、たとえばトイレの手すりも床と並行ではなく、足をかけにくいよう鋭角になっています。容易には登れないよう設計してあるんです」
それでも体力のある患者さんは、トイレの壁をスパイダーマンのように登ってしまわれるとのことで、病気の力がいかに大きいかを実感させられる。
「病室には外扉と内扉があるんですけど内扉を開けたら必ず壁側にロックします。そうでないと扉の上部を利用して、自殺行為が生じるおそれがありますから」
「希死念慮(自殺願望)が強い患者さんの場合には、この部屋に置いてある低床ベッドよりもさらに安全性の高い、全体が柔らかいクッションで作られた舟型ベッドを使います。硬いベッドだと壁に立て掛けて、それが自殺行為につながる可能性があるんです」
患者さんの希死念慮というのはこれほどまでに凄まじく、だからこそ細心の注意が必要なのだ。そして、どのような形であれ患者さんの命を失いたくないという、スタッフとしての断固たる決意も伝わってくる。
本当はスタッフもしたくない身体拘束
お訊きしにくい部分かもしれませんが、身体拘束が必要な患者さんもいらっしゃるんですか?
「身体拘束を要する患者さんも1割程度おられます。ご存じとは思いすが、拘束は決して安易に行うものではなく、ご自身もしくは他人を傷つける可能性が高い患者さんに対して、精神保健指定医の指示によって必要な時期だけ行う医療処置です」
そのうえで声を抑えながら中村さんは続けられた。
「拘束を行わざるを得ないとき、患者さんご自身がつらいのはもちろん、ご家族さん達も葛藤されます。患者さんが言葉で諭しても自制できない状態にあることは、それまで不眠不休で対応してこられた家族の方々も痛いほど分かってらっしゃるんです。それでも拘束以外の方法で何とかならないかとおっしゃる場合もあり、ご納得いただけるまで拘束の必要性を説明します」
身体を拘束する必要があることを頭では理解していても、いざ行うとなると葛藤されるご家族の気持ちもまた当然だろう。
「それに、拘束を行うと私たちスタッフも大変なんです。心情的にもつらいですし、身体面の管理にも非常に気をつかいますから」
身体面の管理、ですか?
「食事や排せつの管理はもちろん、深部静脈血栓による肺塞栓症を防ぐために弾性ストッキングで下肢の鬱血を予防したり、神経障害や循環障害のリスクを考慮してマッサージや導尿を行ったり…。これらは一例にすぎません」
拘束するとこれほど身体管理に気をつかうとは知らなかった。
「だから、できることなら拘束は行いたくないんです。しかし患者さんの心身を守るために必要なときは、細心の注意を払って実施しなければなりません」
大変なこと、印象に残っていること
お仕事のうえで大変なことも多いんじゃないでしょうか?
「大暴れしながら入院されるケースもあります。とくに大変なのは脱法ハーブ(=危険ドラッグ)の離脱症状の患者さんですね。深刻なせん妄状態、例えるなら逃げようとしても足が一向に進まない悪夢の中でもがき続けているような状態だから、こちらの説明がまったく入らないんです。おまけに脱法ハーブの患者さんって力の強い若い男性が多いから、男性看護師4~5人がかりでなんとか抑え込んだこともあります」
それだけ多くのスタッフが要されるくらいの修羅場なのか……。
「大勢のスタッフで対応することで、患者さんがいい意味で『あきらめて』くださることも多いんです。こりゃあ抵抗しても無駄だ……と。取っ組み合いになって双方が怪我するよりはお互いにとって利益だと思っています。患者さんから『あんたらズルいわ』と苦笑されることもありますけどね」
印象に残っているエピソードはありますか?
お仕事のうえで大変なことも多いんじゃないでしょうか?
「これも脱法ハーブの患者さんで、警察経由の搬送で来られたケースがあったんですが、入院時に所持品をチェックしていた看護師がなにか引っかかったらしいんです。その患者さんが上着の裾を始終気にしていて、どうも様子がおかしいと。それで詳しく調べてみたら、裾の縫い目にドラッグのパケが仕込まれていたことがありました。現場看護師の長年の勘ってやっぱりスゴいと感心しましたね(笑)」
警察も気づかなかった仕込みを発見する看護師さん、たしかにスゴすぎである。
お仕事への想い
さいごに、お仕事への想いなどありましたら聞かせてください。
「なんと言っても嬉しいのは、患者さん達の目を見張るような回復ぶりですね。しっちゃかめっちゃかの混乱状態で搬送されてきた患者さんが、一週間後には別人のようにシャン! としておられて、本当に別の患者さんだと勘違いしてしまったことも何度かあるんです(笑)。患者さん本来の姿を見られる喜びと私たちの医療がそれに大きく貢献できる喜びと、両方の意味で嬉しいですね」
こんな中村さんの言葉からは、症状と患者さん自身とを常に分けて考え、症状を病気による現象と捉えて向き合う姿勢が一貫して伝わってくる。
精神科救急病棟は決して監獄のような場所ではなく、スタッフ一同が患者さんの回復を願って奮闘している現場だった。このことを我が身で感じられた今回の取材は、筆者にとって大きな財産になりそうだ。
(取材・原稿)臨床心理士・名倉
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