7月下旬よりBUCにお世話になっているYHと申します。BUCに通う前は少しだるいとすぐに家で休んでしまい、体調管理もままならないままこのままできちんと復職できるのかとずっと考えていました。
今回のBUCブログは私の夏の思い出について話したいと思います。
初めまして。私は今年の1月からBUCに通っているKSと申します。まずは当ブログをご覧いただきありがとうございます。もしかしたら今、不安な気持ちで読まれているのかもしれませんね。お気持ちわかります。私も初めは不安で仕方がなかったですから。そんなあなたに、このブログが参考になれば幸いです。
2019年8月7日(水)、令和初の納涼祭が開催されました。
始まりは6月の終わり。「納涼祭の実行委員になってくれないか」とスタッフさんから依頼を受けました。その日の私は体調が悪いと同時に機嫌も悪く「最悪だ。したくない。でもいつかはしないといけない事であり、断る理由も思い付かない。仕方ない」と本当に嫌々引き受けました。表情や態度に前面に押し出していたようです。スタッフさん、本当にすいませんでした。笑
私は今年の3月中旬からバックアップセンター・きょうと(以下BUC)に通所しています。通所するキッカケは、職場に勧められてでした。以前、私は適応障害のため、三ヶ月休職し、自宅療養した後、一度は職場復帰を果たしたのですが、約一年後再発し、再度休職することとなりました。この時に職場から『今度はしっかり回復してから職場復帰して欲しい。自宅療養だけでは回復しないだろうから、リワークに行ってはどうか。』ということでした。
拝啓、休職・失業されている方、復職・転職を考えている方、そのご家族や周囲で心配されている方々、残暑お見舞い申し上げます。このブログに辿り着かれる方に、何を伝えればいいのかなと思いつつ。今の心中をお察し致しします。そこまでではないよ、という方も時間があれば読んで頂けると幸いです。
私がバックアップセンター・きょうと(以下BUC)に通い始めて、約1年5か月になります。初めてBUCの扉を叩いたときから、もうそんなに経つのかと。当初はトライアルでの参加でしたが、本通所になりました。ステージⅢまで上がったときに、復職を強行してしまい、失敗。またBUCに舞い戻り現在に至ります。
皆さん。初めまして。2019年4月より通所をさせていただいていますB.M.と申します。
昨年の9月に「うつ状態」と診断され休職しています。今回は、休職までの簡単な経緯と昨年の夏休みの思い出を書かせて頂きます。
バックアップセンター・きょうと(以下BUC)では、復職に向けた各種プログラムを受けるだけではなく、まるで小学校のようにいろんな“係”があり、利用者自身が“自主的に”BUCの運営に携わっています。「図書・掲示板係」、「情報発信係」、「朝礼・BGM・名札係」など、聴いているだけで気恥ずかしくなるのですが、中でも一番気恥ずかしいのが「生きものがかり」ではないでしょうか。
休職することになった当時、私はあらゆることに疲れ果ててしまっており、何もしたくないという気持ちを強く持っていました。BUCへの通所を開始した頃でさえ、表向きは「復職を目指している」とは言いながら、仕事のことを思い出すだけでつらい気持ちになり、働きたいという気持ちなどもう二度と湧いてこないのではないかと感じていました。そんな状態だったので、BUCへの通所開始当初にプログラムとして実行委員を経験すると説明を受けたときも、仕事の業務とやや重なる部分を感じ、「そんなことやりたくない」と感じたのを覚えています。