おうばく通信
おうばく心理室コラム
2014年11月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2014年11月】カウンセラーはどうやってこころのバランスを取っているか?
患者さんや他部署のスタッフから、こんなことを訊かれることがあります。
「心理カウンセラーさんって、患者さんの悩みとかつらい経験とかばかり聞いていて、しんどくならないんですか? どうやって心のバランスを取ってるんですか?」
全然しんどくないと言うとウソになるかもしれませんが、たしかに仕事柄、心のバランスを取ってできる限り一定の精神状態を保つよう意識しています。なぜなら、心が揺れ動いている患者さんを面接するにあたって、カウンセラー側の精神状態がその時々によって揺れ動いているようでは、正しいアセスメントや介入ができないからです。
川の水位を測定する場合、その変動を正しく評価するためには、水位計そのものは川底などに固定されて不動である必要があります。水位計自体が川の水と一緒にプカプカ上下しているようでは、水位が上がっているのか下がっているのか判断しようがありません。
患者さんの心の状態についてもこれと同じで、カウンセラーが患者さんと一緒に浮き沈みしたり、カウンセラー側の私的事情で浮き沈みしていたりすると、カウンセラーも患者さんの変動を正しくキャッチできませんし、患者さんもご自身の揺れ動きを正しく把握しにくくなります。
だからこそできる限り一定の精神状態を保つよう意識しているわけですが、時折こんな指摘を受けることもあります。 「つらい患者さんを目の前にして平常心でいられるなんて冷たい人間のように思えます。つらい思いをしている人がいれば一緒につらくなるのが共感ってものじゃないですか?」
このあたりの事情については拙コラム「関与しながらの観察」に書いたので詳細は省きますが、患者さんに巻き込まれすぎると打開策を冷静に検討できなくなってしまいますし、また患者さんは一日に何人も来られるので、直前の患者さんのつらさをカウンセラーが引きずったまま次の患者さんの面接に移るわけにはいかないという現実もあります。
そこで今回は、私が自分の心の安定のため心がけている事項を紹介してみたいと思います。
1.面接中は関与的観察者の姿勢を心がける
2.オンとオフ(仕事と私生活)の切り換えを心がける
3.規則正しい生活を守って身体的健康の維持につとめる
4.各種心理療法の技法を自分にも応用して精神的健康の維持につとめる
5.プライベートでの安定した人間関係を心がける
6.自己効力感を得られる趣味を持つ
「1.面接中は関与的観察者の姿勢を心がける」
詳細は「関与しながらの観察」に述べた通りですが、患者さんを沼でおぼれている人に例えるなら、救助者であるカウンセラーは「片足を陸地に結わえながら、片足は沼地に踏み入れて、助かる方法をおぼれている人とともに模索する」ようなスタンスを意識しています。しっかり関わり合いながらも、一緒におぼれてしまうことのないよう、近すぎず遠すぎずの柔軟性とバランスを心がけることが、結果としてお互いの安定につながると考えています。
「2.オンとオフ(仕事と私生活)の切り換えを心がける」
仕事中は患者さんのお話に耳を傾け、手持ちの知識や技法を頭の中でフルに挙げながら解決策を探っていくので、当然ながらある程度気を張った状態が続きます。仕事が終わったら、張った状態の心をちゃんと弛緩させることで、翌日もまたピンと張ることができるように感じます(ゴムや弦がずっと張ったままだと伸びてしまうのと似ているでしょうか)。 なので自宅に帰ったら、ゆるゆるのステテコとよれよれのTシャツに着替えて、心身ともにとことん弛緩させるようにしています。
「3.規則正しい生活を守って身体的健康の維持につとめる」
心の状態のベースは身体の調子にあります。毎日バランスのよい食事をとり、決まった時間に寝て起きて、安定したコンディションで仕事に臨むよう心がけています。平日の夜更かしや深酒は厳禁! …そして週末はハメを外すという、一週間単位での規則正しさを守り続けています(笑)。
「4.各種心理療法の技法を自分にも応用して精神的健康の維持につとめる」
せっかく学んだ心理療法のさまざまなテクニック、自分にも使わなきゃもったいない。…という貧乏性な理由から、行き詰ったときには自分自身に対しても種々の技法を用いています。とりわけよく使うのは認知療法と対人関係療法でしょうか。自分が実際以上に悲観的な考えかたに陥っていないかどうか? 相手に高望みをし過ぎていないか? などなど振り返ってみることで解決につながることが実際にあります。
「5.プライベートでの安定した人間関係を心がける」
精神的平穏のベースは人間関係の安定にもあります。家族や友人との平穏な関係を維持するため、自分ができることは進んでやる、不毛な衝突を起こさないために譲歩すべきところはする、相手の思いも尊重しながら自分の要望や気持ちも伝える、などを心がけています。といっても、まだまだ精進が必要ですが…。
「6.自己効力感を得られる趣味を持つ」
機械や自動車であれば、調子が悪くなったら修理に出せばほぼ確実に直ります。人が作ったものは原因-結果の対応がハッキリしているからです。一方、自然界の深遠な産物である人のこころはそう単純なものではなく、不調の原因がハッキリしなかったり、原因とみられる事柄を除去しても思うように改善しなかったり…といった場合もしばしばあります。こういうところが精神科医療やカウンセリングの「奥の深さ」であり、飽きずに仕事を続けられるひとつの要因でもあるのですが、そのぶんプライベートでの趣味は「こうすればこうなる」式の単純なやりがいを感じられるものが嬉しかったりします。
余談ながら私自身の趣味は、いずれも中途半端ではありますが、調理(丁寧に作れば美味しく仕上がる)、庖丁研ぎ(研ぐとよく切れる)、サイクリング(こぐと走る)、山登り(のぼると頂上に着く)などです。いずれも、行動の結果というか成果が比較的すぐに感じられるものばかりだなァと改めて思います。
…というわけで、同業者の皆さんの参考に少しでもなれば幸いですし、患者さんにおかれましては、我々カウンセラーはこうやって自分の心のバランスをちゃんと維持していますので、カウンセリングのときはどうか気兼ねなく、何でもぶつけていただければ幸いです。
文責:臨床心理士・名倉