おうばく通信
おうばく心理室コラム
2014年5月 5日 (月)
【おうばく心理室コラム/2014年5月】自分のことになるとダメになる
なにか問題に直面したとき、私たちはとっさに解決法を考えて対処しようとします。
もちろん、問題を解決するためには「考えて対処」しないといけないわけですが、ここに私たちが陥りやすい落とし穴があります。それは、自分のことについて考えるとダメになるという皮肉な現象です。
以前、拙コラム「急がば回れの心理学」の中で、直面している事態が危機的状況であればあるほど、あせって視野が狭くなりやすいので、いったん落ち着いてクールダウンすることが大切だという旨を書きました。
ただ、同じ危機的状況であっても、それが自分自身に降りかかっている場合と、友人や同僚に降りかかっている場合とでは、印象がずいぶん違うのではないでしょうか?
たとえば、ご自身が職場で大きなミスをしてしまったとします。大きなミスといっても社会経験の乏しい筆者には正直あまり想像がつかないのですが、そうですね……会社の顧客リストを運搬中に紛失してしまい、気が動転して真っ青になっているとします。
どんなことを考えて、どんな対処をしそうでしょうか。
ああ、取り返しのつかないことをしてしまった! 個人情報流出のかどで訴訟され、会社はクビになり、有罪判決で転職の道も絶たれて、家族は路頭に迷い……私はもう終わりだ!!
こんな風に考えて、どんどん悲観的にご自身を追いつめてしまい、身動きが取れなくなってしまう可能性が高いのではないでしょうか。少なくとも筆者なら、こんな風になってしまうだろう自信があります。
ただ、同僚が同じ状況に置かれていたらどんな風にアドバイスするだろうかと想像してみると、どうでしょうか? 真っ青になっている同僚から「私、運搬中に顧客リストを紛失してしまいまして……訴訟されてクビになって、もう終わりです……」などと持ちかけられたら、どのように返答されるでしょうか? 「確かに、もう終わりですよね」なんて風に答えることはおそらくなく、「まずは上司に報告して、どう対処すればいいか指示を仰ぎましょう。あと、紛失したかもしれない場所をリストアップして、見つかるかもしれないですからもう一度探してみましょう」等、大局的な視点からより冷静な対処法を考えられえるのではないでしょうか。
自分自身の問題は、解決しようと必死になって余裕がなくなる結果、視野は「狭く深く」なります。また、自分自身の問題は焦りや不安などネガティブな感情が募りやすく、そういう状態でくだされた判断はどんどん否定的な方向に偏ります。
一方、同僚や友人の問題は、ある程度の距離をおいて考えるので、視野は「広く浅く」なります。焦りや不安がいたずらに募ることもないので、冷静な判断をくだせます。
だからこそ認知療法では、なにか問題が起きて悲観的になっているとき、「同じ状況で友人or同僚が同じように悩んでいたら、どう声をかけるか」という視点からご自身の思考を考え直してもらうことがあります。また、カウンセラーと来談者という役割を実際に入れ替えてロールプレイをしてみることもあります。
大きな問題に直面したとき、そのままやみくもに考えて対処するのではなく、いったん立ち止まって落ち着き、余裕を取り戻すことが大切です。そのために、とりあえず深呼吸をしてみる、風呂に入ってみる、一晩寝てみるといった方法が有効なときもあります。
しかし、これらの方法でも余裕を取り戻せないときは、「同じ状況で友人or同僚が同じように悩んでいたら、どう声をかけるか」という視点を取り入れてみる、さらにはカウンセリングなどの場で役割を入れ替えたロールプレイをしてみることによって、より強力に冷静な視点を取り戻せるかもしれません。
まわりの人たちのことを思い描いてみてください。他人の事についてはすごくいい指摘ができるのに、自分の事となると途端にダメになってしまう人っていませんか? これは私たちの業界のスタッフとて同じこと。患者さんのうつ病を治すのは上手なのに自分がうつ病になってしまうと全然立ち直れない精神科医、カップルカウンセリングの名手と言われながら自身の離婚問題は泥沼化しているカウンセラー等々……諸事情によりこれ以上詳しくは書けませんが(笑)、ほんと人って自分の事になるとダメになるものだなあと、我が身も含めて痛感する昨今です。
文責:臨床心理士・名倉