おうばく通信
おうばく心理室コラム
2012年8月 6日 (月)
【おうばく心理室コラム/2012年8月】「急がば回れ」の心理学
「急がば回れ」ということわざがあります。
子どもの頃、このことわざの意味が実感として理解できませんでした。字義的な意味はもちろん分かるのだけれど、そんなこと言ったって、本当に急いでいるときに回り道してたらアカンやん! 寝坊したときゆっくり身支度なんかしてたら学校に遅刻してしまうやん!! と。
しかし、その後の人生いろんなことを経験する中で、ものごと急がば回れとは言い得て妙だよなァと心から感じている自分がいます。そこで今回は、このことわざのメカニズムをカウンセリングの側面から考察してみたいと思います。
まずポイントから述べると、次のような三段論法を自覚しておくことが大切です。
1.急いでいると心の余裕をなくしやすい
2.心の余裕をなくしていると思考の視野がせまくなる
3.思考の視野がせまくなっているとベストな解決策をとれなくなる
その結果、急いでいるときそのまま行動すると失敗しやすい。だから、急いでいるときほど、いったん立ち止まってから考えたほうがいいんだよというわけです。
しかしながら、無自覚のうちに上述のような三段論法に陥っていることがよくあるのです。
たとえば緊張関係にある二つの国が、「早急な解決」を求めすぎた結果、どちらの国も視野狭窄状態に陥って、「もはや相手が先制攻撃してくるか、我が国が先制攻撃するかの二者択一しかない!」とまっしぐらに戦争へと突入していった。……歴史を振り返るとこのような話は枚挙にいとまがありません。
国家間の戦争となると話が大きすぎると思われるかもしれませんが、もっと身近な、たとえば夫婦げんかなんぞにも同じようなメカニズムがあるように感じます。意見が衝突してお互いに気が立っているとき、「今日中にカタをつけようじゃないか!」といきり立って議論を始めたところで、しゃべればしゃべるほどお互いヒートアップして収拾がつかなくなってしまうのがオチではないでしょうか? カタをつけるのは明日以降にして、それよりもとりあえずは一晩よく寝て、お互いクールダウンしてから話し合ったほうが生産的な会話が持てるのではないでしょうか?
このような「危機を早く解決しようとして、かえって状況を悪くしてしまう」という例は、ほかにもいくらでも見つかります。
たとえば小型機のパイロット。上空のエアポケットに入って失速したとき、とっさに機首を上げようとして操縦桿を引いてしまい、余計に失速して墜落する事故がしばしば起きるといいます。機首を上げるのは、高度を取り戻すという点では墜落を避けるために必要な操作なのですが、それはあくまでも速度が保たれている状態での話であって、失速している状態で機首を上げるのは自殺行為に等しいのです。
したがって、上空のエアポケットで失速した場合は、しばらくそのまま落下することでいったん速度を取り戻し、そのうえで機首を上げて高度を取り戻すというのが「正しい対処」なのですが、自機が失速・落下しているパイロットは助かりたい一心から、とっさに操縦桿を引いて墜落してしまうのです。
あるいは池に転落した人。溺れることへの恐怖心から、とっさにもがいて、ますます水に飲み込まれて溺れる人が多いといいます。もがくというのは水をかいて浮き上がろうとする行為なのですが、洋服を着たままもがくと逆効果で、かえって沈んでしまうのです。
池に転落した場合、とりあえず何もしなければ自然と体は浮かんできます。そのうえで助けを呼ぶか、それが無理そうなら服を脱いで自力で泳ぐかすれば大丈夫なのですが、溺れかけている人は助かりたい一心から、とっさにもがいて沈んでしまうのです。
直面している事態が危機的状況であればあるほど、あせって視野がせまくなり、短絡的な行動しかとれなくなってしまうものです。ただ、その「危機的状況」が本当に即決・即断しなければならない問題かといえば、そうでない場合も多いのではないでしょうか。
アクション映画なんかで、両手両足をしばられた主人公の眼前に時限爆弾がセットされて……という風な場面を見かけることがあります。その中で主人公は、刻一刻と近づくタイムリミットのなかで焦燥しながらも、「よーし、俺よ、落ち着くんだ、きっと大丈夫、冷静に考えるんだ」などと自らに言い聞かせて、案の定トンチ利きすぎな脱出方法でもってその場を切り抜けたりします。
もちろんアクション映画は作り物の世界ですが、このような行動も「急がば回れ」で、タイムリミットが差し迫って急がなくてはならない状況においてさえも、急がずに落ち着くことを意識したほうが適応的な対処を下すことができる、という象徴的な場面であるように思います。
ゆっくり身支度なんかしてたら学校に遅刻してしまう! と焦って家を飛び出たものの、大きな忘れ物をしていたことに気づいて結局引き返すことに……なんてことが実際に起こるのが私たちの日常生活なのです。
行き詰っているときにカウンセリングを受けることには、こういった「急がば回れ」的な効用があると考えています。問題のために心の余裕がなくなり、視野がせまくなってベストな解決策を見いだせなくなっているとき、いったん立ちどまってカウンセリングの中で問題をみつめ直してみることで、意外といろんな対処方法があったことに患者さん自らが気付いてくださったりするものです。
とりわけ「問題解決療法」というカウンセリング技法では、問題点を整理したうえでブレーンストーミングによって解決策をリストアップして、より効果的な対処行動を探っていくというプロセスをとっていきます。
…というわけで、今回のコラムはカウンセリングセンターの宣伝に無事着地できそうで我ながら一安心しておりますが(笑)。解決できない問題で行き詰まっているときには、カウンセリングという選択肢もよければお試しいただければ幸いです。
文責:臨床心理士・名倉