おうばく通信
おうばく心理室コラム
2013年7月 5日 (金)
【おうばく心理室コラム/2013年7月】「不幸」を手に入れる秘訣
幸福を追い求める人々が多いことについては拙コラム「幸せ、について二言、三言」に書いた通りですが、幸福というのはまことに厄介なもので、追い求めれば追い求めるほど、かえって不幸になる危険性をはらんでいます。
なぜなら、幸福を追い求めているという時点で、いまの自分が本当の幸せをつかんでいないことが「証明」されてしまうから。幸せでない自分が改めて自覚され、ますます不幸になってしまうのです。
こう考えるとむしろ、不幸を追い求めたほうがいいのかもしれません。不幸を追い求めているという時点で、いまの自分がそれよりも幸せな状態にあることが「証明」される。そうすると、本当の不幸ではない自分が改めて自覚され、結果として現状が幸福であることを再認識できるかもしれません。
では、どうすれば私たちは不幸を追求できるのでしょうか? カウンセリング理論やコミュニケーション心理学の見地に立って考えると、いくつかの手法が提案できます。
たとえば幸せそうな人物の例として、お付き合いを始めたばかりのカップルである太郎君と花子さんという二人を想定してみましょう。本人たちも幸せそうだし、はた目にも羨ましいほどのラブラブっぷりです。
しかし、だからこそ不幸への鍛錬を怠ってはなりません。ここでさらなる幸福を追い求めようものなら、上述したように「本当の幸せをつかんでいない私たち=不幸な私たち」という構図になってしまうおそれがあります。お互いが幸せなうちに、不幸への前売りチケットをしっかりと手に入れておくべきなのです。
1.デートに誘われて
花子さんはちょっと寂しさを感じています。なぜなら自分からデートに誘うことが多く、太郎君から誘われることが少ないから。そんな花子さんは、太郎君にこんな風なお願いをしました。
「たまには太郎君のほうから自発的にドライブとか誘ってほしいな~」
そして翌週、太郎君がドライブに誘ってきたら、花子さんは猛然とキレます。
「太郎君のほうから自発的に誘ってほしいって言ったのに! 私がドライブとか誘ってほしいって言ったから、ドライブにしたんでしょ!!」
ちなみにドライブ以外のデートに誘われたら、花子さんはもちろんキレます。
「ドライブとか誘ってほしいって言った私の提案はどうでもいいわけ!?」
どちらに転んでも、険悪なムードを確実に手に入れられること請け合いです。
2.どちらが似合うかしら?
花子さんは太郎君を連れて洋服を買いに行きました。赤いワンピースと青いワンピースのどちらにするか迷った花子さんは、太郎君に訊いてみました。
「このワンピースだけど、赤と青だったらどっちが似合うと思う?」
赤が似合うと言われたら「私、青は似合わないんだ…」と落胆し、青が似合うと言われたら「赤は似合わないんだ…」と落胆します。もし「どっちも似合うよ」と言われたら、「どっちか選んでほしいから訊いたのに、どうでもいいんだ…」と落胆します。
どちらに転んでも、険悪なムードを確実に手に入れられること請け合いです。
3.レストランでの不作法
ちょっといいレストランで食事することになった太郎君と花子さん。最初に出てきたワインを、花子さんはなぜかスプーンですくって飲みはじめます。
ここで太郎君が笑ったら、「私の無知を嘲笑するのね!」となじります。
ここで太郎君が注意したら、「私の冗談も分かってくれないのね!」となじります。
ここで太郎君が無視したら、「私のことなんてどうでもいいのね!」となじります。
どう転んでも、険悪なムードを確実に手に入れられること請け合いです。
…というわけで今回挙げた「不幸へと突き進むコミュニケーション」、いかがだったでしょうか? いずれも極端な悪例で、こういった身もふたもないコミュニケーションは避けましょう、というのが本当のところなんですが。
私たちは一歩間違うと、無自覚のまま身もふたもないメッセージを発してしまいがちです。
筆者が見かけた採取サンプルだけでも、たとえば…
「日本人ってのは否定から入るからダメなんだよねぇ」(そういうアナタこそ否定から入ってますけど)
「君、もっと自分に自信を持たなきゃダメだよ!」(そんなこと言われたらますます自信がなくなります)
「オレのこと好きになれよ!」(そんな自分本位な人は好きになれません)
「何でもかんでも私の言いなりになるな!」(ハイと答えてもイイエと答えてもパラドックスに陥るんですけど)
「もっと本当の自分を出しなさい!」(アナタには本音を言いたくないというのが本当の自分です)
「もっと自然に笑わなきゃダメ!」(そんなにキツく言われたら笑顔も余計にひきつります)
等々。
あまり幸福ばかり追求するのではなく、足るを知ることはもちろん大切でしょう。そしてそれと同時に、私たちのコミュニケーションには意外なところに不幸への近道がパックリと口を開けていることも、頭の片隅に置いておくほうがいいかもしれません。
文責:臨床心理士・名倉