おうばく通信
おうばく心理室コラム
2012年9月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2012年9月】気分の落ち込みから早く立ち直るコツ
私たちがこの世に生きている限り、憂うつな気分に陥ることは避けられません。憂うつをまるで知らない人がいたとしたら、その人はあまりにも能天気すぎると言えるでしょう。
ただ、気分の落ち込みからすぐに立ち直る人と、そうでない人とがいるのは事実です。では、両者の違いはいったいどこにあるのでしょうか?
もちろんさまざまな要因が考えられるわけですが、気分の落ち込みを長引かせる要因の一つとして提唱されているのが、憂うつな気分に対する「反芻型反応スタイル」です。これは「自分の抑うつ状態の原因や結末に対して繰り返し注意が焦点づけられるタイプの人」を指しています。たとえば「なぜこんなにみじめなんだろう」と考えたり、「こんなことでは将来どんどん不幸になるんじゃないだろうか」と心配したりする人たちがこれに該当します。
一方、「反芻型反応スタイル」の対極にあるのが「気逸らし型反応スタイル」です。これは「自分の気分から注意を逸らすために意図的に行動するタイプの人」を指していて、たとえば「気分転換のためにスポーツをする」「カラオケに行ってで気を紛らわす」といった人たちがこれに該当します。そしてこのタイプの人たちは、気分の落ち込みから早く脱しやすいと言われているのです。
手前みそで恐縮ですが、筆者は大学院生の頃、簡単な心理学実験によってこの仮説を検証してみたことがあります。具体的には、被験者として協力してくださった数十人の人たちを対象に、次のような実験を行いました。
1.各被験者の、実験前の憂うつ度を測定する(Time1憂うつ度)。
2.気分が落ち込むようなBGMを流して、被験者の憂うつな気分を喚起する。
3.再度、各被験者の憂うつ度を測定する(Time2憂うつ度)。
4.ここで被験者をランダムに「反芻グループ」と「気逸らしグループ」とに振り分ける。
5.反芻グループの被験者には、現在の自分の気持ちについて考えて作文してもらう。気逸らしグループの被験者には、現在の各国の経済情勢について考えて作文してもらう。
6.再々度、各被験者の憂うつ度を測定する(Time3憂うつ度)。
その結果、おおよそ次のようなデータが得られました。
つまり、いずれのグループの被験者も、気分が落ち込むBGMを聴くことによって憂うつ度がいったん上昇したわけですが、その状態で自分の状態について考えた反芻グループは憂うつ度がさらに上昇したのに対して、ほかのことについて考えた気逸らしグループは憂うつ度が元通りのレベルにまで下落したのです。
さらに、反芻型反応パターンと気逸らし型反応パターンのより長期的な影響を検証するために、半年間の縦断調査を行ってみました。その結果、はじめの憂うつ度がどれくらいであっても、気分の落ち込みに対して反芻型の反応をとる人は、その半年後には悲観的な考えかたや憂うつ度が高くなっている傾向がみられました。
私たちは気分が落ち込むと、自分自身について考えることが多くなります。これは自己分析によって憂うつを乗り越えようとする前向きな動機によるものでしょう。ところが皮肉なことに、それによって憂うつがますます悪化してしまう。ここで大切なのはむしろ、考え込むのをやめて意識的に注意を自分から逸らすことなのです。
現実的に考えれば、気分が落ち込んだ原因や自分自身に目を向けなければならない場合もあるでしょう。ただ、そのタイミングが問題なのです。
憂うつな状態のままその原因や自分自身について考えると、万事をどんどん悪いほうに考えてしまいます。怒り心頭に発しているとき「考えれば考えるほど腹が立つ」のと同じで、落ち込んでいるときは「考えれば考えるほど悲観的になる」という悪循環モードに陥っています。このような場合は、考え込む前にひとまず気分転換して、落ち込んだ状態からいったん脱したうえで考えてみるほうがいいのです。
気分の落ち込みから早く立ち直るコツはどうやら、「落ち込んでいるときは考え込まない!」ことにあると言えそうです。考えるなら気分が立ち直ってから!
そんなこと言われたって、どうしても考え込んでしまうんだよね……とおっしゃる御仁もいらっしゃるかと思いますが、考えないようにしようと必死になるのはもちろん逆効果(拙コラム「白クマについて考えないでいられますか?」で述べた通りです)。それでも、考え込んでいる自分自身に気づくこと、その悪循環のメカニズムを理解していることには大きな意味があると思いますし、こういう姿勢がひいてはマインドフルネスにも通じるのではと感じている昨今です。
文責:臨床心理士・名倉