おうばく通信
おうばく心理室コラム
2011年10月 3日 (月)
【おうばく心理室コラム/2011年10月】「白クマについて考えないでいられますか?」
心理学者ウェグナーに「白クマの実験」という有名な研究があります。
白クマが歩き回るだけの映像を被験者に見てもらうのですが、事前に被験者を3つのグループに振り分け、それぞれ異なる教示をおこないました。
グループ1:「映像を見ているあいだ、白クマの行動をなるべくよく観察してださい」
グループ2:「映像を見ているあいだ、何を考えても構いませんが、白クマのことだけは決して考えないでください」
グループ3:とくに教示は与えない
その後しばらく経ってから、白クマが歩き回る映像についてどれだけ記憶しているかを調査したところ、細かいところまで最もよく覚えていたのは意外なことに、白クマのことだけは決して考えないでくださいと言われたグループ2の被験者だったのです。
あることを考えないように努力すればするほど、そのことが頭に浮かんで固着してしまう。このような現象は思考抑制の「皮肉プロセス理論」と呼ばれています。
すなわち、白クマのことを考えないように自己コントロールしようとすると、自分の頭の中に白クマが浮かんでいないかどうかを常に自己チェックする必要が出てきます。そうすると必然的に、白クマのことを思考回路に載せないといけなくなり、皮肉にも白クマの姿が必ず頭に浮かんでしまう。考えないようにしようと意識している時点で、すでに考えにとらわれてしまっているわけです。
このようなメカニズム、実は対人恐怖症やパニック障害、うつ病などなど、こころの不適応と密接に関係しています。人と話すとき緊張してガチガチになってしまったらどうしよう、電車の中で呼吸困難になってしまったらどうしよう、うつ病が再発してまた休職に追い込まれたらどうしよう……考えれば考えるほど不安が募るし、これではいけないと考えを振り払おうとしても「皮肉プロセス理論」でますます不安が募る。これでは完全に悪循環です。
考えてみればそもそも、自分の思考や感情を自己コントロールしようとするから無理が出てくるのです。さらに言うなら、物事をコントロールできるというのは、現代社会に生きる私たちの幻想に過ぎません。
私たちは現在、身の回りの多くをコントロールできる環境で生活しています。気温が暑ければリモコンのスイッチひとつでエアコンが効く、頭が痛ければ鎮痛剤を飲めばすぐ治る、欲しい商品があればパソコンをクリックするだけで商品が届くといった具合です。こういう暮らしに慣れてしまうと次第に、なんでもコントロールできなければいけないという風な錯覚に陥ってしまうのではないでしょうか。
人類が作り出した「人工物」は、基本的に人間のコントロール下にあります。たとえば電化製品が故障すれば、原因を突き止めて部品を修理すればそれで問題は解決します(中には原発のようにコントロールできない代物もありますが……)。
一方、人類が作ったわけではない「自然」は、基本的に人間のコントロール外にあります。地震や津波に対する人類の非力さを見るまでもなく、たとえば赤ん坊ひとつとっても、いくら親が苦心したって夜中に泣き始めるし、そうかと思えば急に機嫌がなおったりする。
そして思考や感情も、まごうことなき「自然」の一部です。どれだけ医学や科学が進歩しようと、私たちは自分の機嫌ひとつ自在にコントロールできません。私たちの思考や感情は因果論だけでは説明がつかないところでゆらぎ、うつろい続けているのです。
制御できない自然に対して征服を試みてきたのが西洋的思想です。川が氾濫するならコンクリートで岸を固め、思考や感情がグズグズするようならセラピーでコントロールしようとする。極論すれば、自分たちに都合のいいことだけ受け入れ、都合の悪いことや不快なことは抹消しようとしてきたのです。
片や、制御できない自然に対して、あるがままを受け入れながら共存を試みてきたのが東洋的思想です。川が氾濫するなら流れ橋を作り、思考や感情についてもありのまま受け入れながらなすべきことに向き合っていこうとする。自分たちに都合のいいことも悪いことも併せて受け入れようとするこのような姿勢は、仏教の「禅」の考えかた、ひいては森田療法の考えかたの礎となっていったわけですが、ここしばらくのあいだ西洋的思想に押されて隅に追いやられていた感があります。
それだけに、思考を自己コントロールするためのセラピーとして欧米で誕生した認知療法が近年、自らの限界を打ち破るべく、東洋的思想を輸入する形で「マインドフルネス認知療法」(思考や感情をコントロールしようとするのではなく、そのゆらぎとうまく共存していく手法)へと進展してきているのは興味深いところです。
さらに言うなら、そんな生い立ちを持つマインドフルネス認知療法を我が国の医療現場が逆輸入し始めている現状は、まさしく皮肉であるかもしれません。しかし、元来われわれ日本人に受け継がれてきた感覚であるからこそ、それを改めて見直し、取り入れていくことには大きな意義があると考えています。
当カウンセリングセンターでも現在、マインドフルネス認知療法の考えかたを取り入れながらカウンセリングを進めており、一定の手ごたえを感じ始めています(ただし担当カウンセラーによって異なりますので、詳細についてはお問い合わせください)。興味を持ってくださったなら、気軽にご相談いただければ幸いです。
文責:臨床心理士・名倉