おうばく通信
BUCきょうと機関誌『ばっくる』連載エッセイ
2020年10月 1日 (木)
月刊きょうと/「勝っただの、負けただの」(2020年10月)
今回はメンバーの負け犬のワンワンさんに、「勝っただの、負けただの」について書いていただきました。
まさかこの「月刊きょうと」の巻頭エッセイを書かせていただく時が来るとはっ!?
今現在2020年9月3日10時53分、つい20分程前にスタッフさんからお声がかかり、僭越ながら筆を取る次第でございます。
今回私が書こうと思うのは、勝ち負けについてです。何の勝ち負けかというと、ここは少し大きくでて、「人生における勝ち負け」について書いてみようかと思います。
早速ですが皆様は、「負ける」の意味を調べたことがあるでしょうか?ある辞典によると、「相手と戦ったり争ったりした結果、力の劣った立場になる。」とあります。しかしながら、これは何とも正しくないと私は考えます。そもそも「負ける」とは非常にネガティブな言葉であると思います。
前述の意味の中では、「劣る」というのが、それにあたると考えるのですが、劣ることは単純に大小を比べ、小さかった結果とも捉えることができ、「負ける」の中の独特な屈辱的なニュアンスを含んでいないように思えるのです。
そのため、調べていくと、流石は天下のグーグル先生!先生に「負ける」とは?と尋ねてみると、「1. 戦ってうちくずされる。相手より劣っていて、対抗できなくなる。敗れる。」「2. 心に働く(欲望・誘惑などの)強い力に抵抗できずに従う。」等と答えてくれました。私はこの中でも「対抗できなくなる」と「従う」という言葉が「負ける」独特な負の意味合いを表現しているのではないかと考えます。
実際、自分が「負けた」と思う時というのは、力がなく、希望もなく抵抗できなくなった時や、諦めて従ってしまおうとしたときに「負ける」のではないかと思います。逆を返せば、人は自らの意思で、抵抗しないことや従うことを選択しなければ「負けた」ことにはならないと考えるのです。それが、一時的に抵抗しないことや従うことを選択したとしても、諦めなければそれは負けではなく、1つの戦略であるとも捉えることができます。
一方で、「勝つ」とは、どういう意味なのでしょうか?同じくグーグル先生に尋ねると、「1. 戦争・試合などで、相手を負かす。競争で、先(せん)を越す。」「2. 心に働く(欲望・誘惑などの)強い力をおさえる。」等と答えてくれました。
「勝つ」ことというのは、現代において非常にポジティブなものとして捉えられていると思います。しかしながら、「勝つ」ことを表現する上で使用されている「負かす」や「おさえる」という高圧的な言葉に対して、少なくとも私は良いイメージを抱くことは出来ませんでした。
そうはいっても、「勝つ」ことは、誇らしいことです。自身の力をもって「勝った」結果により、利権や称賛を得たり、大切なものを守ることができるからです。しかし、利や徳を得たり、大切なものを守ることは、相手を負かしたり、おさえることでしか達成し得ないものではなく、また勝ちを驕り、高慢な態度で周りと接してしまったとしたら、むしろ失うものも出てくると考えるのです。
つまるところ、「人生における勝ち負け」というのは、その結果そのものが重要なのではなく、その結果の後の自身の在り方が一番重要であると考えます。そして、何より勝っただの負けただのにこだわりすぎて、視野が狭くなることが一番しょうもないと思うのです。勝ち負けではなく、自分に素直に、やりたかったけどやらなかったがないような日々を過ごすことが、自分の幸せではないかと考えたところで、締めとさせていただきます。