おうばく通信
おうばく心理室コラム
2020年9月 5日 (土)
【おうばく心理室コラム/2020年9月】「心ここにあらず」
販売関係の事務職に就いている知人から聞いた話ですが、その職場の同僚Aさん(若い女性社員)が勤務中に発した次のような言葉に違和感をおぼえたとのこと。
「今日は私、○○クン(応援している男性アイドル歌手)のイベントがあるから、“心ここにあらず”なんですぅ~」
そして同僚Aさんは実際、仕事中も注意散漫でミスを連発して、周囲のひんしゅくを買っていたそうです。
どうして違和感をおぼえたかについて、「“心ここにあらず”という表現は他者への評価に用いるものだと思うのだけど、それを自分への評価に用いている点に違和感をおぼえたのかなあ」と知人は自己分析していました。
考えてみると、「心ここにあらず」という表現は自分自身に対して使う場合もあります。たとえば仕事中にポカミスをして上司から注意されたとき、「実は別の案件ことが気になっておりまして、“心ここにあらず”でした……。ご指摘ありがとうございます、以後気をつけます!」といった返答はあり得ることです。
では、冒頭の同僚Aさんは何がオカシイかといえば、それはおそらく、「心ここにあらず」状態にあることを自覚しているにもかかわらず、それをよしとして開き直っていることでしょう。
言うまでもなく、仕事中は業務に専念するのが本来のつとめです。時には他のことに気を取られて仕事がなおざりになることもあるでしょうけれど、それに気づいた時点で、注意を仕事に戻すよう努力するのが社会人としての常識というものです。
しかし上記の同僚Aさんは、「大好きなアイドル歌手のことばかり考えて仕事がおろそかになっている自分自身」に気づいていながら、それを修正しようとせず、むしろそれを得意げに吹聴しているありさま。……このような態度・姿勢に周囲の人たちは違和感をおぼえたのではないかと推察されます。自分で分かってるのなら直しなさいよ! アナタ仕事中でしょ!? と(笑)。
ちなみに、「心ここにあらず」は英単語では”mindless ness”で、一時期ブームにもなった「マインドフルネス」(mindful ness)の対極にある状態と言えます。マインドフルネスというのは、過去や将来をふくめて他の事柄に捉われることなく、今ここにある眼前の現在に意識を集中できている状態を指す言葉です。
私たち人間は、ややもすると過去の失敗をクヨクヨ後悔していたり、将来どうなるのかをアレコレ心配していたりして、心ここにあらず状態に陥りやすいものです。そのまま突き進んでしまうと、眼の前の現実からどんどん遊離して、(多くの場合は実際よりもネガティブな)想像や妄想の世界に入り込んでしまう危険性が高くなります。
ここで大切なのは、第三者的な視点から「あ、いま自分は、別の考えごとに捉われているな」と気づいて、「目の前の現実に気持ちを戻そう!」と意識することです。そうすることで自分自身をマインドフルな状態に切り替えられます。
件の同僚Aさんの場合、自分が別の考え事に捉われていることに気づいたまではよかったのですが、そこから意識を現実に戻そうとしなかったことで、マインドフルな状態に切り替えられませんでした。自分の大好きなアイドル歌手のことを夢想しているほうが仕事よりも楽しいものだから、業務などそっちのけで空想世界に浸り続けていたのかもしれません。
しかし私たちは、たとえその空想がネガティブで苦痛な世界であっても、現実から離れてマインドレスに没入してしまいやすい傾向を持っています。「失恋して心が張り裂けそうにつらい。家にいても元恋人のことばかり考えてしまう。逆にバイトしているときのほうが仕事に集中できて楽に過ごせる」といった話を学生さんなどから聞くことがありますが、放っておくと自らグルグル思考の沼にはまり込んでしまう一方、アルバイトなどで半ば強制的に注意を外に向けられることによってグルグル思考から脱出できるのでしょう。
「分かっちゃいるけどやめられない」とはスーダラ節以降よく言われることですが(笑)、たとえ分かっていても、やめる気がなければやめられないのは当然のこととして、やめたくてもやめられない場合も多々あります(依存症や強迫性障害などはその典型例です)。だからこそ、どうすればやめられるのか? という具体的な方法論として、マインドフルネス認知療法、ACT、行動活性化療法などなど、種々の心理療法が考案されているのです。
分かっているからやめられるという人は、それで問題ありません。分かっているけどやめる気などないという人は、それで本人も周囲もOKであれば世話無しです。他方、分かっちゃいるけどやめられない状態でお困りの場合は、カウンセリングがお役に立てるかもしれませんので、よければご相談いただければと思います。
文責:臨床心理士・名倉