おうばく通信
おうばく心理室コラム
2020年8月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2020年8月】「遺伝子検査を受けて感じたこと~遺伝と環境について」
近年、種々の遺伝子検査を誰もが気軽に受けられるようになってきています。
一昔前までは、遺伝子検査と言えば10万円以上するのが常で、専門的な医療や研究の世界に限られている印象でした。しかしその後、科学の進歩とユーザーの増加とが相まって簡便化・低価格化した結果、今では簡便なものであれば数千円からの価格で、ネットやコンビニで手続きして唾液を郵送するだけで自分の遺伝子の解析結果が分かる時代になっています。
私自身、以前から「遺伝と環境の相互作用」には関心があり、遺伝子検査にも多少の興味を抱いていたのですが、とくに必要のない検査に10万円以上もの金額を出せるわけもなく、まったく別世界のことだと思っていました。それが最近、手の届く価格帯になってきたことで俄然、「ちょっとやってみようかな」という気持ちになってきたのでした。
そして先日ついにやってみたので、今回はその経過と結果を一部ご紹介しながら、「遺伝子と性格」についての私見を少し述べてみたいと思います。
…というわけで、一般向けの遺伝子検査。本当に低価格なものは、たとえば「アルコールに強いか弱いかの体質を遺伝子的に調べる」という風に、ある項目だけに特化していることが多いのですが、どうせやるならばと幅広い項目について調べてくれる1万5千円くらいのプランに申し込んでみました。疾病リスクや身体特性、さらには能力や性格傾向にいたるまで約300項目にわたって結果が出るというから驚きです。
手続きは実に簡単で、ネットから申し込んでお金を振り込むと、自宅に検査キットが郵送されてきます。その中に入っている容器に唾液を入れて返信すると、3週間後くらいに検査完了を伝えるメールが届き、所定のウェブサイトにアクセスしてパスワード等を入力すると自分の検査結果が閲覧できるという仕組みです。
検査結果のほうは本当に多岐にわたっていて、心疾患やガンなど種々の疾患リスクをはじめとして、アルコールや薬物の依存症リスク、持久力などの体質、性格傾向などについて、自分がどの程度のリスクや傾向にあるのかが、それぞれ統計的なデータとともに示されます。
中には「頭の大きさ」といった、見ればすぐ分かる項目もあるのですが、私の場合「頭囲がやや大きい」という検査結果は実際とドンピシャで、「確かに当たってる……」と思わざるを得ませんでした(笑)。
ただし、100%の確率で発病が予測されてしまう一部の遺伝疾病などについては、倫理上の理由から一切告知されないことになっています。告知される側の気持ちにたってみると、確かにそのほうがいいと強く思います。たとえば自分が数年以内に不治の病を発症して寝たきりになって死ぬと分かったとき、多くの人は取り乱したり、絶望して生きる気力を失ったりしてしまうのではないでしょうか。少なくとも私はそうなってしまう気がします。
ちなみに私自身の結果のほうは、プライバシーの問題もあるのでむやみに公開するのは差し控えますが、たとえば疾病リスクだと「肺気腫になりやすい」「2型糖尿病になりやすい」といった結果が出ていました(いずれも平均の1.5倍程度のリスク)。
ここで大切なのは、「自分はこういう病気になってしまうのか……」と後ろ向きに考えるのではなく、「こういう病気になりやすい体質だから気をつけよう」と前向きに考えることだと考えています。自分の場合、「肺気腫になりやすい体質なので、最大のリスク要因とされているタバコは絶対に吸わないよう今後も禁煙を続けよう」「糖尿病になりやすい体質なので、甘いものは食べすぎないようにして適度な運動を続けよう」といった具合です。
また性格については、「痛みに弱い」「勤勉」「刺激や変化をあまり好まない」といった結果が出ていました。これらについても、開き直ったり奢ったりするのではなく、いい面は長所として活かしつつ、弱い面は無理のない範囲で克服していくことが重要なのかなと思っています。具体的には、「何かにコツコツと取り組むことは自分の数少ない長所として継続していこう」「自分は痛みが気になりすぎるほうだから、少々痛みがあっても騒がずに静観を心がけよう」「自分は新たな変化を避けがちだけど、だからこそ時には挑戦する勇気を持とう」といった具合でしょうか(理想論にならないようにしなければ……ですが。笑)。
心理学の世界では、「遺伝は環境を通じて」だと強調して言われます。人の性格や行動特性は、先天的な遺伝によって規定される部分は確かにある一方、それらは後天的な環境によって大きく影響されるので、遺伝あるいは環境のいずれかだけに注視するのではなく、両者の交互作用という観点から見る必要があるのです。
たとえば自家用車でも、車種によって頑丈だったり故障しやすかったりしますが、どんなに頑丈な車種であっても、頓着なく乱暴な運転を続けていたらガタが来てしまうでしょうし、逆に故障しやすい車種であっても、弱点を知ったうえで丁寧に運転していたら問題なく走り続けられるかもしれません。
私たち人間はクルマなんかよりもはるかに複雑かつ繊細な存在ではありますが、大切なのは同様に、自分の傾向や特徴を自覚したうえでベストを尽くすことではないでしょうか。
自分の傾向や特徴を知るための助けになるのが、さまざまな情報です。診察や血液検査、エックス線検査などはもちろんのこと、心理検査やカウンセリングもその一つですし、こういった臨床的な情報に限らず、身近な人とのかかわりから得られるフィードバックも大きな「生きた情報源」です。
そして今後は、遺伝子検査もそのひとつとしてポピュラーな情報となっていくのかもしれません。そこには光と影、両面ともに大きく存在すると思われますが、研究の進展が私たちの幸福につながっていくことを切に願っています。
文責:臨床心理士・名倉