おうばく通信
おうばく心理室コラム
2019年11月 5日 (火)
【おうばく心理室コラム/2019年11月】「ギャンブル障害の治療と依存症」
先日、「ギャンブル障害の認知行動療法」というワークショップに参加してきました。
ギャンブル障害(=依存症。おもにパチスロ。場合によってはパチンコや競馬など)の方は、当カウンセリングセンターにもしばしば来談されます。ギャンブルは趣味の範疇にとどまっているうちはいいのですが、次第にギャンブルにしか興味がなくなっていき、家族関係の悪化、ウソをつく、借金をする……という風に悪い方向に進行し、場合によっては離婚や横領、失職、犯罪……といった深刻な不適応にもつながってしまいます。
ギャンブル障害は「隠れた依存症」と呼ばれます。アルコール依存や薬物依存であれば、酒臭かったり酩酊したりしているので周りから異状がすぐ分かりますが、ギャンブルの場合はこういった異状が分かりにくいので、周囲が知らないうちに進行して取り返しのつかない状況に陥ってしまいやすいのです。
どのような依存症もそうであるように、ギャンブル障害も進行すると自分の意志ではコントロールできなくなります。このことは脳疾患の視点からも明らかにされており、簡単に言うと、ギャンブルという強烈な刺激に繰り返し晒され続けた結果、感覚がマヒしてしまい、日常生活の他のことには興味や関心、楽しさを感じなくなってしまうのです。
化学調味料や塩をたっぷり使ったジャンク菓子ばかり食べていると味覚がマヒして、薄味のお吸い物や煮魚の美味しさがまったく感じられなくなるのと原理は同じです。
ギャンブル障害の人は、ギャンブルに関連したことに触れると脳が異常に興奮することも知られています。パチンコ店の明るいネオンやにぎやかな音を聞いただけで、パチスロに勝ったときの快感が脳裏に浮かんで、そのまま店に吸い込まれてしまうといいます。人によっては、赤信号の点灯を見ただけで、スロットのフィーバーを思い出してウズウズしてしまうそうです。
これは「パブロフの犬」と同様の条件付けで、パチスロやパチンコでは「勝てば台がにぎやかに光って鳴り響く」という繰り返しを体験する結果、光や音に接しただけで脳が興奮するようになるのです。
「負けるとネオンが盛大に光って鳴り響く! 勝つと静かに玉が出るだけ」という台であれば依存症にもなりにくいと思われますが(笑)、こんな台など聞いたことがないあたり、パチンコ店のしたたかな策略を感じさせられます。
また、普通の人でもパチスロで大勝ちすれば嬉しくて脳が興奮しますが、ギャンブル障害の人は、パチスロで数字が揃いかけた段階で脳が興奮するうえ、「揃いかけたけれども結局負けた」場合も脳は「勝った」という形で自らに記憶を刻み込んでしまうのだそうです(=ニアミス効果)。だからこそ、実際には負けがどんどん込んでいるにもかかわらず、「次は勝てる」「今度で取り戻せる」といった誤った認知に陥りやすいのでしょう。
依存症に共通するメカニズムは、自然界には存在しない強い刺激や快楽の虜(とりこ)になってしまうことだと思われます。私たちの脳には報酬系(A10神経)という部位が備わっており、自身の生存や子孫繁栄にとってプラスとなる行為(食事や恋愛など)を行うと、ドーパミンなどが多く放出されて快楽を感じる仕組みになっています。こういう仕組みがあるからこそ、私たちは生きるための行動、子孫を残すための行動を半ば本能的に取りつづけることができるのです。
だからこそ私たちは快楽を求めて行動し、本来ならそれが生存や繁栄につながっていたわけですが、私たち人類は中途半端に知恵があり過ぎました。快楽だけを手早く得られる手段を次から次に見つけ出した結果、アルコール依存、タバコ依存、薬物依存、糖質依存、ネットゲーム依存、ギャンブル依存などなど、さまざまな依存症を生み出すこととなったのです。
自然界に広く存在するものに対しては、私たちの報酬系に自然なブレーキが働きます。喉が乾いたときに水を飲むと快楽を感じますが、ある程度飲めば満足しますし、それ以上は飲む気にならなくなります。恋愛については活発な人とそうでない人との差が大きい印象はありますが(笑)、それでも1日に何十人もの相手とお付き合いすることはおそらく物理的に無理でしょう。
しかし、これがお酒だと意識を失うまで飲み続けてしまう人がいますし、ギャンブルだと1日に何十万円も使ってしまう人がいます。自然界には大量の高純度アルコールも存在しませんし、お金という実体のない概念も存在しないので、私たちの報酬系はこれらに対する自然なブレーキを持ち合わせていないのです。
逆に言うと、もしも地球が無尽蔵にアルコールを噴き出す環境であったなら、その中で進化し生き残ってきた人類は、アルコールに特別な酩酊や快楽を感じることなく水のような感覚で飲んで代謝するだけか、飲みものとして認識せず石油のような扱いしかしなかったことでしょう。
だからこそ、依存症は「意思の問題」にとどまらず、依存対象をめぐる社会・環境的な要因を含めた包括的治療が必要となります。具体的には、依存対象の供給源(ギャンブルの場合だと現金やキャッシュカード)を制限しながら、本人の理性と自己コントロール力を高める関わり(心理教育やバランスシートの作成、認知行動療法など)を行いつつ、依存対象にかわる適応的な楽しみを取り戻していくための援助につなげていきます。
本人が心から依存症を治したいと思っていなければ、困っている周りの人々がいくら言っても改善は困難となりがちですが、それでも治療を続けるなかで「このままでは本当にダメになってしまう!」「いま依存症から立ち直れば取り戻せるものがこんなになる!」という気づきを得て、そこから周囲も目を見張るくらい更生される人もいます。
ギャンブル障害を含めた依存症の治療には、医師による医療、自助グループによる支えなどがあり、カウンセリングでの支援も有効です。依存の問題で悩んでおられる方がいらっしゃいましたら、お力になれるかもしれませんので一度ご相談いただけましたら幸いです。
文責:臨床心理士・名倉