おうばく通信
おうばく心理室コラム
2019年6月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2019年6月】「対人関係の不和を解消するコツ」
心理療法の世界では広く知られていて、その効果もエビデンスとして示されている「対人関係療法」という手法があります。実際にカウンセリングで用いることもあり、また日常生活においても非常に有用だと感じているので、今回は対人関係療法にもとづいて、対人関係の不和を解消するコツを紹介してみたいと思います。
私たちは常に、どんな相手にも何らかの役割を期待しています。相手が自分の期待通りのこと(もしくは期待以上のこと)をしてくれたら満足したり嬉しく感じたりする一方、相手が自分の期待を下回ることしかしてくれないと怒りや失望といったネガティブな気分を抱くのです。
たとえば、有名百貨店で店員さんに売り場を尋ねたときは、礼儀正しい態度で説明してもらうことを相手に期待することでしょう。でも、近所の八百屋さんには、そこまでの礼節は求めないのではないでしょうか。
街中ですれ違っただけの他人に対しても、「赤の他人」という役割を相手に期待しています。だからこそ、そのような人から馴れ馴れしく話しかけられると警戒心や不快感を抱くのです。
当然のことながら、相手に「親しい人」「重要な人」という役割を期待している場合であれば、相手に期待する役割やその影響も大きくなります。
最近、人との関わりの中でネガティブな気持ち(怒りや失望など)を抱いたときのことを思い出してみてください。そのときに自分は相手にどのような期待をしていたのか? そこで実際に相手が何をしたのか? について考えてみると、おそらく両者のあいだにズレが存在したのではないでしょうか。
ネガティブな気持ちの背後には、「自分が相手に対して抱いている期待値に、実際の相手の言動が達していない」というズレが存在します。この「期待と現実のズレ」を小さくしていくためには、コミュニケーション上のコツがいくつかあります。
まず、どんな期待や要望も、それを言葉にして相手に伝えなければ伝わりません。その際のポイントをご紹介します。
たとえば主婦のAさんは、共稼ぎなのに自分ばかり家事をやっている現状に不満を感じています。せめて食後の食器片づけくらいは夫にやってほしいと思っています。でも夫は今夜も、食後はテレビの前でゴロ寝しています。
ここでAさんには、いくつかのコミュニケーションの選択肢があります。
1.不機嫌そうな表情で、わざと大きな音を立てて食器を洗いながら、ため息をつく。
2.「あなたは気楽でいいわね!」と言う。
3.「私も仕事で疲れてて…。食器の片付けを手伝ってくれると助かるんだけど」と言う。
4.夫が期待をくみ取って行動してくれるまで黙っている。
「1」では、機嫌が悪そうだということは相手に伝わっても、それが何かは伝わらない可能性が高いでしょう。→「言葉を使わないコミュニケーション」
「2」でも、夫はただ「八つ当たりされた」と感じるだけで、Aさんが本当にして欲しいこと(食器の片付けを手伝ってほしい)は伝わりにくいと思われます。→「間接的なコミュニケーション」
「4」の方法をとってしまう人も多いかもしれませんが、伝えたいことを伝えるという点では、最も足りないコミュニケーションと言えるでしょう。→「沈黙」
Aさんは、「1」「2」「4」のいずれの場合も、自分の言いたいことは相手に伝わっているはずと思い込んでいますが、夫のほうは「女房のやつ、子どものことで不機嫌なのかな。ま、触らぬ神にたたり無しだ」などと見当違いのことを考えているかもしれません。こうしてズレが広がると、人間関係はどんどん悪化していく危険があります。
したがって、「3」の「直接的コミュニケーション」をとることが重要となります。
もうひとつのコツは、「わたしメッセージ(Iメッセージ)です。
直接的なメッセージのほうが言いたいことを正確に伝えてくれますが、言い方によっては角が立ちます。先ほどの例(主婦のAさん)で言うと、「私も疲れてるんだから、食器の片付けくらい手伝ったらどうなのよ!ホントあなたって自分のことしか考えてないんだから!」などと言ってしまうと、関係が悪くなってしまいます。
この場合、とくに問題なのは「ホントあなたって自分のことしか考えてないんだから」という部分です。なぜなら、この部分は、夫に対する主観的な評価や決めつけになってしまっているからです。夫のほうも、こんな風に決めつけられると「自分以外のことだって考えてるよ!!」と反撃したくなるでしょう。
上手な直接的コミュニケーションのポイントは、主語を「わたし」にして話すことです(=Iメッセージ)。「あなたは自分のことしか考えていない」と決めつけるのではなく、「私は疲れている」「私は手伝ってほしい」という自分の気持ちや要望を話すのです。
ただし、「Iメッセージ」の中に「Youメッセージ」を織り交ぜないように注意してください(例えば「わたしは、あなたが自分勝手だから疲れてしまうの!」など)。
そして、自分が相手に何らかの役割を期待しているのと同じように、相手も自分に何らかの役割を期待しているものです。
対人的なストレスの多くは「役割期待のズレ」として見ることができますが、自分が相手になんらかの役割を期待しているのと同様に、相手も自分に何らかの役割を期待しているものです。
ここで注意したいのは、相手が自分に対して抱いている期待は、こちらから確認しないとハッキリしないという点です。
相手が自分に本当にそう期待している、ということを確認したことがあるでしょうか? 実際に確認してみたら、相手はそこまで高い期待を抱いていなかったことが判明して、気持ちが楽になるかもしれません。また、相手が実際に高すぎる期待を抱いていることが分かれば、その期待値を少し下げてもらうよう交渉できます。
以上、対人関係療法のエッセンスのみをいくつか挙げてみましたが、興味を持たれたかたは分かりやすい入門書がいくつか出ていますので、よければ読んでみてください。
『「うつ」が楽になるノート』 水島広子・著 PHP出版
『自分でできる対人関係療法』 水島広子・著 創元社
文責:臨床心理士・名倉