おうばく通信
おうばく心理室コラム
2018年7月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2018年7月】「不安は感じているほうがいい!? ヤーキズ ・ ドッドソンの法則」
不安になると何も手につかなくなってしまう、という人がいます。
試験勉強を始めてみたものの、落ちたらどうしようなどと考え始めると不安が募ってきて、こんなことに気が散っていたらダメだ! 勉強に集中しなきゃ! と自分に言い聞かせるも不安は消えず、ますます焦って何も手につかなくなって……。という具合です。
このような体験をお持ちのかたは多いのではないでしょうか? かくいう私自身も似たようなことは何度か経験していて、なんとか気持ちを落ちつかせようとリラクセーション技法を試してみたり、少しでも考えかたを楽観的にしようと認知療法を試してみたりしたものです。
こういった対処にもある程度の効果はあったのですが、自分にとって気が楽になる効果が最も大きかったのは皮肉にも、今回ご紹介する「ヤーキズ・ドッドソンの法則」を思い返すことでした。
「ヤーキズ・ドッドソンの法則」。心理学の領域では有名なのですが、一般にはそれほど広く知られていないようなので、簡単に説明しておきます。
この法則は、もともとは動物実験での「覚醒レベルと学習パフォーマンスの間には逆U字型の関係がある」という発見に端を発します。同じ迷路をネズミが学習する場合、
・寝起きなどで覚醒レベルが非常に低いネズミは学習能力が低い
・刺激を与えて覚醒レベルが高くなるにつれて学習能力は高くなる
・刺激をさらに強めて恐怖状態にまで覚醒レベルが高まると逆に学習能力は低くなる
という現象が確認されたのです。
その後、私たち人間も同じであることが明らかになりました。私たちが最も高いパフォーマンスを発揮するのは、適度に緊張や不安を感じているときであって、緊張や不安が低すぎても高すぎてもパフォーマンスは低下してしまうのだと。
それまでは、「存在してはいけないもの」としてネガティブに捉えていた自分の不安・緊張を、できるかぎり消し去ろうと躍起になっていました。しかし、いくらリラクセーション法や認知療法を行っても、それらがゼロになるわけではありません。すると、いくら努力しても自分の中で消えずに残る不安や緊張にばかり意識が集中し、こんなことではダメだ! と焦り、落ち込み、ただでさえ低いパフォーマンスをますます発揮できなくなる。……こんな悪循環に陥っていたのです。
しかし、「ヤーキズ・ドッドソンの法則」に従えば、ある程度の不安・緊張はむしろ存在したほうがいいことになります。いま感じている不安や緊張は決して悪いものではなく、むしろいつも以上のパフォーマンスを発揮するためのスパイス的存在なのだ! と考えるとアラ不思議。気持ちもふっと軽くなり、落ち着いた状態で場に臨めるようになったのでした。
私たちはともすると、不安や抑うつといった不快な感情を「悪いもの」として、完全に排除しようとしがちですが、感情を完全にコントロールするのは不可能ですから、ゼロを目指すと、不安や抑うつが少しでも存在するとそこに注意が焦点づけられてますます気になってしまうという精神交互作用の悪循環が起こります。
拙コラム「抑うつのリアリティ」でも述べたように、進化論的見地に立つと、不安や抑うつは痛みなどと同様、私たち人類の生存と発展にとって重要な感覚だったと考えられます。周囲に外敵がいないときは心身のパフォーマンスを抑えてリラックスしてリソースを回復させるほうがいいし、外敵がいて注意が必要なときはパフォーマンスを上げて心身を臨戦モードに研ぎ澄ませたほうがいいし、圧倒的な脅威に襲われたときはフリーズして何もしないほうが逆に生存確率を高めたのかもしれません。
したがって、発表会や講演などの前に緊張して不安が高まったときには、自分にこう言い聞かせています。「この緊張と不安は、よりよいパフォーマンスを発揮しようとする心身の本能的な反応なのだ。よーし、いい兆候だぞ!」と。
そうすると緊張も不安も幾分軽減し、肩の力が抜けていい感じに本番を迎えられる……のが理想的なのですが、近年の自分は力が抜けすぎて、緊張感のないヘナヘナ状態になっているような気もして反省しています(笑)。
かといって、「もっと緊張しなくちゃ!不安にならなくちゃ!」と努力するのもおかしな話で、むしろ努力すればするほど空回りして緊張・不安が低下してしまうのがオチです。緊張や不安は本来、自分の意志に反して募る不快な感情であるからこそ、それらを下げようと自己コントロールを試みてもうまくいかず焦燥する人が多いわけですが、反対に上げようとしてもうまくいかないので、かえって緊張や不安が軽減する――このような現象を利用したのが、ブリーフセラピー(短期療法)の領域でしばしば用いられる「パラドキシカル・アプローチ」です。
そんなわけで皆さんも、大舞台にのぞんだときは、「もう少し緊張して不安になってみてください!!」。
文責:臨床心理士・名倉