おうばく通信
BUCきょうと機関誌『ばっくる』連載エッセイ
2018年4月 1日 (日)
月刊きょうと/「山と私」(2018年4月)
今回はS.W.さん(男性))に、山登りの魅力について書いていただきました。
私が山歩きを始めたのは、ひょんなことからであった。学生時代に山岳部に所属していたわけではなく、今から20年前、職場の同僚に誘われ、初めて奈良県の山上ヶ岳(標高1,719m)へ登った時だった。当時、私は登山に対する知識は皆無であり、また基礎体力もなかったが、ヘロヘロになりながら到達した頂上から見渡した奈良県の奥深い山々への展望に感動したのを覚えている。これ以来、少しずつ近畿の山々から登るようになり、またネット等を介して登山仲間が少しずつ増えて行った。
「あなたは何故、山へ登るのか。」
よく聞かれる質問である。けれども私はやはりこう答えてしまう。
「そこに山があるから。」
山は私にいろんなことを教えてくれた。急登の厳しさ、仲間との楽しい会話、美味しい山メシ、可愛い山野草、湧き出る清水、見上げる者を圧倒する大木、そして頂上からの雄大な見晴らし。山で撮った数多くの写真を見る度にいろんな出来事が頭の中に思い浮かぶ。
山でのエピソードをいくつか。
雪解けが始まっている頃の福井県の山々へ登るのが好きで、4月や5月上旬に、取立山、銀杏峰(げなんぽ)、経ヶ岳等へよく登っていた。山麓ではもう新緑が広がり、田圃では水が張られて田植えの準備が進んでいるのに、山ではまだ雪がたくさん残っている。稜線へ登り詰めると、まるで春に追われて冬が断末魔の叫びを上げているかの如く、吹き荒れる冷たい風が頬を掠めて行く。そんな中、雪解けの水たまりでは水芭蕉やザゼンソウが咲いているのを見て、思わず顔がほころんでしまう。
友人と北アルプスの槍ヶ岳(標高3,192m)へ登った時のことも忘れられない。9月の連休を利用して2泊3日の行程で新穂高温泉から双六岳を経由し、双六小屋で一泊して翌日西鎌尾根を一気に槍ヶ岳へと登り詰めた。西鎌尾根の途中から見上げた槍の穂先(頂上部)は天を突き刺すように尖っていて、友人は北アルプスの全ての尾根があそこに集中しているからかっこいいと言う。私も同感であった。
楽しい話ばかりだけではなく、一度、南アルプスの鳳凰三山で遭難しかけたことがあった。それは登山を始めて5年ぐらい経った頃だった。普通に歩けば1泊2日ぐらいのコースを日帰りしてみようと、今でも思い返すと何と無謀な行動に出てしまったのだろう。途中、山小屋の主人から宿泊を勧められたのを断って行程を進んだものの、時間の余裕がなくなり、案の定下山の途中で日没となってしまった。付近には民家も街灯もなく、暗闇に染まった林道を目を凝らしながら歩いていると、道脇でこちらを見ている獣の眼光や、谷間に響き渡る鹿の嘶きに怯え、初めて遭難することの恐ろしさを体験した。やっとのことで登山口までたどり着いた時の安堵感といったら、この時ほど生きていてよかったと思うことはなかったかもしれない。
病気を発症してからは登山をしていないので、また元気になったら再開してみたいと思う。