おうばく通信
おうばく心理室コラム
2018年4月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2018年4月】「医療者のありかたについて思うこと」
先日、『死すべき定め 死にゆく人になにができるか』(アトゥール=ガワンデ・著、原田宏明・訳、みすず書房・刊)という著書を読みました。
「末期がんなど不治の病におかされ、現在の医学では病気の進行をとめることができない患者さんに対して、医療者はどう向き合えばいいのか?」という葛藤について、現役医師である著者が実体験をまじえながら考察を試みる良著です。
これらの考察は末期疾患の患者さんに対してのみならず、さまざまな病に苦しむ患者さん全般に敷衍できるものだと読んでいて感じました。そこで今回は、精神科医療にたずさわる端くれとして、著書のなかでとくに印象に残った部分を紹介してみたいと思います。
まず深くうなずいたのは、医療者が患者さんと結ぶ人間関係を、「家父長的」「情報提供的」「解釈的」という3種類に大別してとらえている点です。
ひとつめの「家父長的」関係というのは、「自分たち医療者は専門的権威であって、自分がベストと信じる最善の治療法を患者が受けるよう目指す」というスタンスです。治療法Aと治療法Bがある場合、医療者は患者さんに「治療法Aを受けなさい」と指示し、それぞれの治療法の情報については説明するかもしれないし、しないかもしれない。患者さんが情報を知っておいたほうがいいと思うときだけ教える。医療者だけが最善策を知っているのだから、それを患者さんに教えるのがつとめだという考え方です。
これは旧来からの関係性で批判されることも多くなっていますが、患者さん側に意思決定力が乏しい場合には、医療者の言われたとおり従っていればいいという「メリット」もあり、依然として残っているやり方であることも事実です。
ふたつめの「情報提供的」関係というのは、「医療者は患者さんに事実と見通しを伝えたうえで、判断そのものを患者さんにゆだねる」というスタンスです。医療者は患者さんに「治療法Aは○○の方法をとり、治療法Bは△△の方法をとります。どちらを受けたいですか?」と尋ね、患者さんは自らがどちらかを望んで受け入れる。医療者は専門技術者で患者さんは消費者という小売関係であり、医療者の役割は専門的な知識と技術を提供することで、患者さんの役割はそれらを取捨選択することにあります。
近年の医療界はインフォームド・コンセントの名のもと、このような関係性がスタンダードとなりつつあります。その結果、医療者は細分化した専門分野にはどんどん詳しくなる一方、患者さんそのもの(患者さん全体)はどんどん知らなくなっていくという現象が善くも悪くもすすんでいます。患者さん側に十分な情報と理解力があって明確に意思決定できる場合はうまく働く関係性ですが、大きな病を宣告されたり耐え難い苦痛に襲われたりして患者さん側が混乱状態にある場合はどうすればいいのか進退窮まってしまうかもしれません。
みっつめの「解釈的」関係というのは、「患者さんが自らの希望を整理して決められるように、医療者が援助していく」というスタンスです。医療者は患者さんに「あなたにとって一番大切なことは何ですか? 一番心配なことは何ですか?」と尋ね、その答えにもとづいて、治療法Aと治療法Bのどちらが患者さんの目指すところに到達しやすいかを説明する。これは共同意思決定と呼ばれるスタイルで、患者さんの本当のニーズに沿っていくためには、患者さんの望みを聞いて解釈しながら、医療者もともに進んでいく必要もあるというわけです。
患者さんは「情報と自己決定権を求めると同時に、アドバイスも求める」という相反する二面性を持っていることがしばしばあります。したがって、上述した「家父長的」関係と「情報提供的」関係のいずれかだけでは、患者さんが望む医療者のありかたとはならない場合があるのです。そしてこれは、心理カウンセリングにも大いに当てはまる事象であると感じます。
さらに著書は、医療者側の具体的な言葉がけとして、「問い、伝え、問う」という手法を提唱します。患者さんが聞きたいことは何かを問い、それについて伝え、それをどう理解したかを患者さんに問うのです。
たとえば、末期がんの患者さんに対して、「さらにがんが進行して再び腸閉塞を起こすでしょう」とだけ伝えるのは、患者さんを突き放したような情報提供的な関係になってしまいます。患者さんが本当に求めているのは、事実そのものというよりも、その事実が意味することです。そこで医療者は、「問い、伝え、問う」スタイルを取ります。
医療者:「いま知っておきたいことは何ですか?」
患者さん:「自分にこの先なにが起きる可能性があるかです」
医療者:「がんが進行して再び腸閉塞を起こす可能性が高いことを心配しています。そうなればチューブを入れるか、閉塞解除の手術を行う必要があるかもしれません」
患者さん:「そうですか……」
医療者:「私の説明を聞いて、どのように理解されたでしょうか」
患者さん:「トラブルから抜け出したわけじゃないことは分かっています」
自分が患者の立場なら、単なる情報説明ではなく、このような言葉がけをしてほしいと強く思います。ただ事実を伝えられるだけでなく、先生も一緒に心配してくれているという共同意思決定の感覚はとても頼もしいものであり、精神科を含む医療界全体に応用できるコミュニケーション方法であると感じます。
以上、「解釈的」関係と「問い、伝え、問う」手法の2つが個人転記にとくに印象に残った箇所ですが、それ以外にも全編にわたって、衰弱していくのを見守るしかない患者さんたちに対してどう手を差し伸べられるのかが、きれいごとだけでなくさまざまな角度から検証される、とても心動かされると同時に考えさせられる一冊でした。そして自分が歳を重ねて、そのような立場になったときのことも……。
文責:臨床心理士・名倉