おうばく通信
おうばく心理室コラム
2018年3月 5日 (月)
【おうばく心理室コラム/2018年3月】「フルマラソンを走ってみて気づいたこと」
まったくの私事で恐縮ながら、先日、はじめてフルマラソンの大会に参加しました。今回はその中で気づいた点について、いくつか書いてみたいいと思います。
私は昨年からジョギングを始めました。そのきっかけは、ハーバード大学の精神科医ジョン・レイティ教授による著書『GO WILD』で、心身の健康維持にとって運動習慣がいかに重要なのかを痛感したことにあります。著書には「毎日10kmくらい走れると理想」という旨もありましたが、身体的にも時間的にもこれはちょっとキビシイと感じたので週に数回、2~3km程度のジョギングから開始してみたのでした。すると体調が一層よくなるように感じられたので、このくらいのペースで続けてみることにしました。
そんな中、iPS細胞研究所の山中伸弥先生が毎週50km走るのを日課としておられること、フルマラソンにも何度か出場されていることを知りました。山中先生はテレビ画面でしか見たことがありませんが、その業績の偉大さはもちろんのこと、たたずまいも穏やかながら凛とされていて、「なるほどこれが日々走ってらっしゃる結果なのか!」と感銘を受けたのでした。
そして、山中先生と同じくフルマラソンに挑戦してみよう! と思い立ちました。そうしたからといって山中先生のようになれるワケもないのですが、それはさておき(笑)。尊敬すべき人をモデルとして真似できそうなところから試みることは、自分がよく取る行動パターンなのです。
そんなわけで以降は、「いつかはフルマラソン」を念頭に置きながらジョギングに力を入れるようになりました。当初は2~3kmだった距離も5~10kmと延ばせるようになり、数か月後には20kmをバテずに走れるようになっていました。
このあたりまでは本当に調子よく過ごしていたのですが、次第に「欲」が出てきました。このまま距離を延ばしていけば、フルマラソン完走はおそらくクリアできるだろう。でも、どうせならタイムもある程度の結果を出してみたい、と。
そこで頭に浮かんだのは、またもや山中先生でした(笑)。フルマラソンの初心者は5時間前後で完走する場合が多いのですが、山中先生は参加を重ねる中でタイムを縮めておられ、3時間台での完走を果たしてらっしゃるようでした。3時間台での完走は4時間切りという意味で「サブフォー」と言います(ちなみに3時間切りの2時間台は「サブスリー」と言い、マラソン上級者の代名詞とされています)。だったら自分もサブフォーを目標にしてみよう!!
こうしてマラソン大会にエントリーし、サブフォーを意識してランニングし始めた途端、足首の腱を痛めました。もともとが運動音痴なのでフォームが悪かったのかもしれませんし、身体が十分できていない状態で過大な負荷をかけてしまったのかもしれません。腱の痛みであまり走れない日々が1ヶ月以上続く中、マラソン本番が近づいてきました。
ただ、走れないからといって何もせずにいると、完走に必要な体力さえも落ちてしまいかねません。そこで、足首の腱に負担のかからないサイクリングや階段昇降を中心にトレーニングを続けつつ、何度かおそるおそる数キロだけ走ってみるという状態のまま、マラソン当日を迎えることになりました。
当日、号砲とともに走り始めて、10km地点までは余裕がまだありました。20km地点あたりになると疲れが出てきて「あと半分もあるのか……」と不安が募ってきます。30km地点までくると足腰の疲労と痛みがシビアになってきて、「あと12kmも走るなんて無理かもしれない」と本気で考えるようになりました。35km地点からはいよいよ身体が悲鳴をあげはじめ、何を考える余裕もなくなって、ひたすら歯を食いしばって走るだけの限界状態……。それでも残り数百メートルでゴールが見えてくると、不思議な元気が湧いてきて、最後は少しだけペースアップして完走を果たすことができました。
タイムは3時間56分。目標としていた「サブフォー」をなんとか達成できたことが分かると、疲弊のなかにも嬉しさがこみあげてきました。
……というわけで、フルマラソンを走り終えて一ヶ月ほど経った現在。今回の経験を振り返って気づいた点がいくつかがありましたので、順を追って書いてみたいと思います。
◆適度なジョギングは心身の調子を向上させる
なんとなく始めてみたジョギングながら、走っているとネガティブな思考もおのずと軽くなるし、心地よい疲労は睡眠の質も高めてくれるしで一石二鳥でした。「走り始めるまでが億劫だけれど、走り終えるとヨカッタと思えて調子も良くなる」という繰り返しを経験する中で、走り始めるまでのハードルも次第に低くなっていきました(行動療法の原理と同じです)。
◆無理は禁物
マラソン参加と目標タイムを決意し、それに向けてトレーニングを開始したわけですが、意気込んで走り込みをはじめた途端、あっという間に身体を傷めて、以降のトレーニングに支障をきたしてしまいました。長期的に続けられるペースを探りながら、ときには自分に適切なブレーキをかけられる力の大切さを痛感しました。
◆不調のときもできることを行う
無理がたたって足首の腱を痛めましたが、だからといって何もできないわけではなく、サイクリングや階段昇降などできることを続けました。そしてそれが、完走に必要な体力の維持に役立ったと感じています。たとえ不調であっても、できる「何か」はあるはずで、その「何か」を探して実践することの大切さを実感しました(これは行動活性化療法と同じです)。
◆長距離走で大切なのはペース配分
マラソンで完走して好タイムを出すためのコツは、とにかくペース配分だと言われます。具体的には、前半はやや抑え気味のペースに自制して、後半は余力に応じてペースを上げながら力を出し切ってゴールします。前半で調子に乗って飛ばしてしまうと、中盤以降ほぼ確実にバテて、完走すら危うくなるのです。
◆自分で決めたことには頑張れるし、達成したときの喜びも大きい
マラソンへの参加もサブフォーのタイム目標も、だれから言われたわけでなく自分で勝手に決めただけの自己満足に過ぎませんでしたが、逆にそれが良かったように思います。強制されてやるのではなく、自分で決めた事柄を継続するほうが意志力の向上につながると言われていますし、自己効力感の向上にもつながるように感じます。
◆がんばった後は十分な休息を
マラソン本番での酷使によって足首の痛みは悪化し、歩くのもつらい日々が数日間続きました。それでもその後、運動はもちろん歩行も最低限に控えて休養することで回復し、2週間後には痛みも無くなって、再びランニングできるようになりました。
◆マラソン大会のあとも人生は続く
長距離走ではペース配分が大切と書きましたが、これはもっと長いスパンで、人生そのものにも言えると思います。ランナーの中には、過酷なベストタイムや100kmマラソンなどに挑んで達成はしたものの、身体を傷めたり精神的に燃え尽きたりして虚無状態となり、走るのをパタッとやめてしまう人たちがいます。マラソン大会のあとも人生は続くわけで、その後も持続可能なペース、を大切にしたいと思っています。マラソンはそれ自体が人生の「目的」ではなく、人生を充実させて楽しむための「手段」に過ぎません。私の場合、フルマラソン大会への参加は年1~2回以内にとどめつつ、タイムばかりに執着せず走りを楽しむことが長く続ける秘訣になりそうです。
健康が大切なのは万人にとって同じだと思いますが、私の場合は仕事柄、状態が不安定な患者さんのカウンセリングや心理検査を担当することも多く、そこでブレずに冷静な判断力を保つためには、自分の心身の調子を一定させることがとても大切だと感じています。
適度に走ることは、心身を安定・向上させるうえで大きな役割を果たしてくれます。人生をマラソンに例えて話したがるのは「ランナーあるある」かもしれませんが(笑)、今回フルマラソンに参加してみて、上述のように走ることだけにとどまらず、心身の健康や、ひいては人生全般にも敷衍できそうないくつかの気づきがありました。
ジョギングをはじめてみよう、マラソンに挑戦してみよう、という方がおられましたら、くれぐれも無理には気をつけながら、是非はじめの一歩を踏み出していただければ幸いです。
文責:臨床心理士・名倉