おうばく通信
おうばく心理室コラム
2017年12月 5日 (火)
【おうばく心理室コラム/2017年12月】「理想自己と義務自己」
前回のコラムで「高すぎる理想は無意味であるばかりか、費用対効果を著しく下落させて社会不適応につながるおそれがある」ことを書きました。本稿ではこれを補足する形で、理想の高さについて少し掘り下げてみたいと思います。
世の中には理想と現実があります。心理学の用語では、「理想自己」(ideal self)と「現実自己(real self)と呼んでいます。
理想自己というのは「こうありたい自分」のことで、たとえば高校の部活で野球をやっている青年にとっては、「イチロー選手のように大リーグで活躍している自分」だったりします。
一方、現実自己というのは字の通り「実際の自分」のことで、上の例で言うと「高校の野球部に在籍しているが補欠の状態が続いている自分」だったりします。
そして、理想と現実のギャップが大きくなればなるほど、葛藤も大きくなって苦悩するのだと一般的には思われがちですが、実は「理想自己」と「現実自己」の間に、もう一つの自己があります。それは「義務自己」(ought self)です。
義務自己というのは、「こうあらねばならない自分」のことで、高校野球部員の例で言うと「先発レギュラーに入っている自分」などになるでしょうか。
理想自己と義務自己、両者は似ているようで違うものです。理想自己は「こうありたい」という夢や目標であるのに対して、義務自己は「こうあらねばならない」という縛りであり、自分自身を追い詰めやすい性質を持っています。
したがって、理想自己は高くてもあまり問題になりません。夢はでっかく! です。あまりにも夢ばかりが大きいと、周りから笑わることがあるかもしれませんが、それも愛嬌のうちと言えるでしょう。
一方、義務自己が高くて、現実自己とのギャップが大きくなると、少々やっかいなことになってきます。自分は本来こうあるべきなのに、まだ全然到達していない! という状態が続くと慢性的な自己不全感につながりやすく、うつ状態に陥る危険性も高くなるのです。
では、義務自己は低ければ低いほどよいかと言うと、決してそうではありません。理想自己に比べて義務自己は自分を拘束する規定力が強いので、自分をそこに持っていく駆動力も高くなります。たとえば会社員の人にとって、「毎朝遅刻せずに出社するべき」は義務自己であるのが通常であって、これが「毎朝遅刻せずに出社できればいいなァ」という理想自己にとどまっていて遅刻を常習しているようでは、社会人として通用しないことでしょう。
ただし、本来は理想自己にするほうがふさわしい高い理想を、義務自己として設定してしまうと、完ぺき主義から不適応に陥りやすくなるので要注意なのです。
では、義務自己はどのように設定したらいいのか?
その答えはさまざまあると思いますが、ここではひとつの技法をご紹介します。それはスケーリングという手法です。
目標を立てるときに大切なのは「スモールステップの原理」で、はじめから大きな目標を立てるのではなく、それを小分けにしてできるだけ無理なく到達できるステップを設定するのがポイントです。
たとえば「大リーグで活躍する」という夢を大目標とすると、そのための第一歩として、まずは「部活の練習に全て出る」、その次に「守備練習の強化をコーチにお願いする」といったステップを設定することになるでしょうか(野球に疎いのでトンチンカンなことを書いているかもしれませんが…)。
その際、「大リーグで活躍する」という夢を100点満点として、現在の自分は何点くらいまで到達しているのかを考えます。たとえば高校の野球部に入っている時点で少なくとも0点ではないはずですし、20点くらいには達しているかもしれません。そして、30点に達している自分はどんな姿か? 40点に達している自分はどんな姿か? という風に考えていくと、スモールステップをイメージしやすくなります。これがスケーリングと言われる手法で、オール・オア・ナッシングの完璧主義から脱して、着実な目標設定を立てるために有効なのです。そしておそらく、直近のスモールステップが義務自己として適正な目標設定になっていると思います。
はじめから高い義務自己を設定すると、いくら努力しても到達できず、無力感やあきらめの気持ちに陥りやすくなります。一方、少し努力すれば達成できる義務自己を段階的に設定すると、達成感がその都度得られて、さらにがんばろうというモチベーションにもつながります。
皆さまにおかれましても、理想自己(=夢)は大きく! でも義務自己(=こうあるべき自分)は適切なスモールステップに! を意識して、よければスケーリング技法もお試しいただければと思います。カウンセリングの中で一緒に考えながら取り組んでいくこともできますですので、よければご来談もお待ちしております。
文責:臨床心理士・名倉