おうばく通信
おうばく心理室コラム
2017年8月 5日 (土)
【おうばく心理室コラム/2017年8月】自分のフィルターを自覚することの大切さ
カウンセラー私たちカウンセラーや精神科医療スタッフにとって、とりわけ大切なことのひとつに「自己覚知」があります。自分の傾向や特徴を自覚したうえで、自分は物事をどのように受け取りやすいのか? 自分は相手にどのような影響を与えやすいのか? などを客観的に把握できる力のことです。
これがなぜ大切なのか? 当たり前のことと思われるかもしれませんが、今いちど基本に立ち返って考えてみたいと思います。
同じ患者さんに対する印象や評価が、スタッフによって大きく異なることがあります。たとえば何でもよく話す患者さんに対して、あるスタッフは「この患者さんはフランクでオープンだし、社交的で誠実な人だねえ」と肯定的な印象を抱いているのに対して、別のスタッフは「この患者さんは馴れ馴れしいし自分の要求ばかり言ってくるし、過干渉なうえに自己中心的な人だ!」と否定的な印象を抱いていたりします。
その理由のひとつに、人それぞれが持つ「フィルター」の違いがあります。子どもの頃からにぎやかで和気あいあいとした親に育てられた人は相手の言葉の多さをポジティブに評価しやすく、過干渉で支配的な親に育てられた人はそれをネガティブに評価しやすいといった具合です(あくまでも一例で、こういう因果関係があるとは限らないことをご了承ください)。
これは、どちらのほうが善い悪いの問題ではありません。相手に対してポジティブな評価を下すほうが善いように思えるかもしれませんが、場合によっては見立てが甘すぎて問題解決につながらない場合もあります。ではネガティブな評価のほうが的を射ているかというとそうとは限らず、親に対する敵意を無意識のうちに相手に向けてしまっているケースもあり得ます。
私たちは物事や相手を、自分の主観というフィルターを通してしか認識できません。このフィルターを完全に取り除くことは不可能ですが、自分自身のフィルターをできる限り自己覚知する意識と努力が大切です。
先ほどの例(何でもよく話す患者さんに対する印象や評価)でも、各スタッフが「私はにぎやかで和気あいあいとした親に育てられたから、よく喋る患者さんに好印象を抱きやすい」、あるいは「私は過干渉で支配的な親に育てられたから、よく喋る患者さんに悪い印象を抱きやすい」といった風に自覚して、そのバイアス(捉えかたや解釈の偏り)を差し引いて判断することが求めらます。
さらには自分の偏りを自分の力で認識するのは限界があるので、私たちカウンセラーは自分と患者さんとの面接経過を第三者的な先生にスーパーバイズしてもらったり、内外の症例検討会に出したりして、より客観的な視点からアドバイスを受けるのが通例です。こうすることによって、自分だけでは認識できない自分のフィルターを自覚する一助としているのです。
私自身、抑圧的な親に厳しく育てられたところがあるので、同じような境遇にある患者さんの話を聞いていると自分の経験を投影して、「分かる分かる! そんなの親が悪いんだよ!!」と厳格な親を非難したくなる傾向があります。しかし実際には、親御さんのほうもわが子の幸せを願って懸命に関わってらっしゃるケースが大半だったりするわけで、自分の経験からどちらか一方に勝手な肩入れをするのは反治療的な行為となってしまいます。
だからこそ私の場合、「厳格な親に対する反発心をいまだに引きずっている自分」や「親から早く自立すべきという考え方に捉われている自分」を自覚して、このような思考が募ってきたら、「いつもの考えかたが出てきてるな。要注意、要注意」と自分に言い聞かせながら面接を進めるように心がけています。こういった自分のバイアスを差し引いてもなお、親や配偶者のほうに大きな問題があると考えざるを得ないケースがあるのも事実ですが……。
加えて、自分のしぐさやクセが相手に与える影響も無視できません。無くて七癖、有って四十八癖とも言われる通り、私たちは特徴的な動作を無自覚にとっているものです。まわりの知人友人を見渡しても、たとえばイライラすると貧乏ゆすりを始める人、不安になると早口になる人、焦ると腕時計を何度も見る人、機嫌が悪くなると頭をかきむしる人など枚挙にいとまがありませんが、おそらくこれらは意識せず知らず知らずのうちに行っているものと思われます。
なかには相手に不快感や圧迫感を与える動作もあるので、すべてを完全にコントロールするのは無理としても、自分はどういうときにどういう挙動をとりやすいかを自覚しておくことはコミュニケーションの上で大切なポイントとなってきます。
私自身も多くのクセやしぐさを持っていますし、全てを自覚できているわけではもちろんありませんが、カウンセラー修業時代は自分が模擬面接している光景をビデオ録画してもらい、それを見返すことを通じて自身のクセやしぐさを客観的に観察して、修正したほうがいい部分は改善していくよう意識しました(それでも有って四十八癖ですが。笑)。
一般の人々が自分のコミュニケーションについて、スーパーバイズやビデオ録画までする機会はないでしょうし、そこまでの必要性もないと思います。それでも、ご自身の生活史を振り返る中で、あるいは周りの人々からの指摘を鑑みる中で、自覚できる部分も大きいかと思います。そして最も大切なポイントは、「自分の受け取り方」はいつだって事実ではなく、主観という固有のフィルターを通した結果であることを忘れないことです。
カウンセリングという行為自体にも、患者さんの持っているフィルターを一緒に掃除してキレイにしながら、「こういうフィルターを備えていると、こういう現実がこういう風に認識されてしんどくなりやすいですよね」と整理していく側面があります。また、心理検査を通じて、ご自身の性格特性などを客観的に把握することもできます。
いつもながら付け足しのような宣伝になりますが(笑)、よろしければカウンセリングや心理検査の利用もご検討いただけましたら幸いです。
文責:臨床心理士・名倉