おうばく通信
おうばく心理室コラム
2017年5月 5日 (金)
【おうばく心理室コラム/2017年5月】強迫神経症を野球の守備になぞらえて
心理学や精神医学の著書を読んでいると時折、思わず膝を打ちたくなるようなアナロジー(たとえ話)に出会うことがあります。なるほど、そうそう!! と。
そのひとつが少し前に読んだ、強迫神経症を野球の守備になぞらえた説明でした。私自身のイイカゲンな性格とポンコツな記憶力ゆえ著書名をすっかり失念してしまったのですが、おおよそ次のような内容だったように思います。
「強迫神経症の患者さんは野球に例えると、自分の守備ポジションだけでなく、それ以外の守備ポジションのことまで心配して、責任を感じているような人が多い」
ああ、なんだか分かるなあ、確かにそうだなあ~と、非常に共感したのでした。
野球の守備というのはご存じの通り、各々が分担を決めてポジションにつきます。内野手はファースト、セカンド、ショート、サードの4名、外野手はライト、センター、レフトの3名が担うのが通例です。
その守備範囲は厳密に線引きされているわけではなく、状況によってはサードゴロをショートが処理したり、ライトフライをセンターが捕球したりすることもあるようですが、明らかに自分の守備範囲外の飛球については見守るだけで直接は関与しません。ボテボテのファーストゴロに向かってレフトが猛然と駆け寄るなんていう場面は、よほどの緊急事態であっても見たことがありません。
しかし強迫的な性格の人たちは、「ご自身のポジションはレフトなのに、ファーストゴロにも反応する」「ファーストがミスして落球したら、駆け寄らなかった自分のせいだと自身を責める」ような人が多いのです。
強迫神経症のひとつに、「最悪の可能性を常に想像して、そうならないために最大限の安全策を講じようとする結果、自己撞着に陥ってしまう」という行動・思考パターンがあります。
たとえば家族で旅行することになった場合、旅行代理店がちゃんと宿を予約しているか不安になって宿泊先に電話確認するも、こんどは余計な電話をかけたせいで宿泊先に嫌な思いをさせたのではないかと不安になり、先ほどの非礼を詫びる電話を再びかけるべきか? いや、そんなことをしたらますます煙たがられるだけか……と逡巡して進退窮まってしまう、といった具合です。
周りから見るといささか滑稽に映るかもしれませんが、確認の電話をしなければしないで宿無しになるかもしれない不安に苛まれ、確認の電話をしたらしたで宿泊先に嫌われてサービスが低下するかもしれない不安に苛まれる。どっちにしても悪い方向に転がるわけですから本人にとってはとてもつらい葛藤となります。
宿の予約などは旅行代理店の責任であり、相手もプロですから信頼して委ねるのが普通ですし、もし予約が取れていなかったりしたら代理店側が何らかの代替策を講じてくれそうなものですが、強迫的な人はそれがなかなか委ねられない。自分の守備位置がレフトであっても、もし内野手がトンネルしたら……? 近くの外野手も球を見失ったら……? と考えると不安が募り、内野ゴロのたびに全力で駆け寄って疲労困憊してしまうのです(駆け寄ったところで守備に貢献できるわけでなく、無駄に体力を消耗してしまうだけであるにもかかわらず!)。
このような心性の背後には、強い不安と、それに伴う「絶対的な安心とコントロール」への希求があるのでしょう。しかし実際には、絶対的な安心も絶対的なコントロールも、決してかなうことのない逃げ水のようなものです。追い求めれば追い求めるほど不安な部分に意識が集中して不安が募り、それを軽減しようとしてかえって強迫行動が強くなって……という悪循環に陥りやすくなります。
心気症などもその一例で、「自分はガンなど重大な病気かもしれない」との不安から医療機関を何度も受診しますが、受診すればするほど「もしも見落とされていたら……」との猜疑心が募って、ドクターショッピングを止められなくなります。もちろん病気が見落とされている可能性はゼロではないのですが、普通なら「まァ大丈夫だろう」とドクターに委ねられるところを、そう思うことができずに絶対を求めるからおかしなことになってしまうのです。
拙コラム「グレーの箱」にも書いたとおり、この世界に本当の絶対(本当に確実な事象)などそうそう存在しません。いささか露悪的になるかもしれませんが、本当に確実なのは「命あるものはいずれ死ぬ」ことくらいではないでしょうか。
では強迫的な人はどうするのがよいのでしょうか? その答えはもちろん一筋縄ではなく、現在に至るまで強迫神経症の治療法が種々提唱されているとおりです。ただ、野球のたとえを引き合いに出すなら、まずは自分の守備範囲を自覚して、責任を感じるのはその範囲のみにとどめることが大切です。そして自分の守備範囲外については周りに委ねること~守備範囲外のことをいくら心配しても結果は変わらないし、むしろ無駄な心労から自身が倒れてしまうかもしれないのですから~。
頭ではそう分かっていてもどうにもならないんだよ! というのが強迫神経症の特徴でもあるのですが、実際にお聞きしてみると「自分の守備範囲」という概念そのものをお持ちでないケースもしばしばお見かけします。
守備範囲が狭すぎる人も考えものですが(笑)、あれやこれやと心配性で取り越し苦労しがちだという方々がおられましたら今いちど、ご自身の守備範囲を見直していただけたら幸いです。
文責:臨床心理士・名倉