おうばく通信
BUCきょうと機関誌『ばっくる』連載エッセイ
2017年2月 1日 (水)
月刊きょうと/「空海の教えに触れて」(2017年2月)
今回はM.K.さんに、空海の教えについて書いていただきました。
最近では禅の考え、仏教の教えに着目した本をよく書店で見かけるようになりました。
禅の瞑想を応用したマインドフルネス瞑想に関する本は,故スティーブ・ジョブズ氏が取り入れていたという経緯もあることからビジネスマンの間でも注目されています。私も含め、バックアップセンターに通所されているメンバーはプログラムの一貫として瞑想を実施しています。
私はこのブームに乗っかって年末に、「人生の悩みが消える 空海の教え」という本を読みました。空海(弘法大師)の言葉には面白く、ためになるものがありましたので、いくつか紹介したいと思います。
一つ目は「能書は必ず好筆を用う」という言葉です。「字が上手い人は必ず良い筆を使う」という意味です。ことわざで使われる「弘法は筆を選ばず」とは全く逆の意味です。空海自身のエピソードに、「よい書をお書きになろうと思いましたら、その書体に合わせた筆をおもちください」と申し上げ、自身が作った筆を当時の皇太子に献上したそうです。
二つ目は「財を積まざるを以(もっ)て心とし、法を慳(おし)まざるを以て性とす」という言葉です。これは「財産は蓄えないよう心がけ、世のため人のために使い、自分がもっている技術や知恵を惜しみなく教えれば、きっと善いお返しがくる」という意味です。お金にしても技術にしても、他人を出し抜くことを考えてしまいがちなこの時世では考えさせられる言葉です。
三つ目は「大弁は訥(とつ)なるが若(ごと)し」という言葉です。「本当の雄弁家は口べたである」という意味ですが、一見矛盾するように聞こえます。この真意は、「真心のこもった言葉を話す」ということです。相手を利用して自分の利益にしようとする気持ちでは、立板に水のようにしゃべり、一見雄弁なように聞こえても、相手には響いていないということです。私はどちらかというとおしゃべりな方なのでよく「言葉が軽い」などと言われてしまうため、身につまされる思いをしました。
四つ目は「書を読んで但(た)だ名と財とにす」。これは「いくら知識を蓄えても立身出世や金儲けのためにするのでは、なんにもならない」という言葉です。空海自身は中国に留学し仏教をはじめ建築学など様々な勉強をしてきました。これは自分のためではなく、世のために学んでおり、その結果、現代まで名が知られる人物となっています。学歴のため出世のための勉強も自分自身のためではなく「これをどう社会に活かすことができるか」と考えることで、長く深く続けられるのかもしれません。
最後は「人生百年に非ざれども、万歳の業を積む」です。「人は百年も生きられないのに、楽しみだけ求めて、万年もの業を積む」という言葉です。普通なら「百年も生きられないのだからいのちがあるうちに楽しまないと!」と思うかもしれません。このように考えて、人生を楽しむ人は無理をし悪い行いをしてしまうということです。
空海の教えは時間的にも空間的にもスケールが大きい考えが多いです。「今に集中する」という禅が流行っていますが、それは今のためではなく、人生全てのためにあるものだと感じていただければと筆者は考えております。