おうばく通信
おうばく心理室コラム
2016年10月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2016年10月】心の健康を保つために大切なこと~睡眠編
心の状態は心理面だけで決まるわけではなく、その前提として「食事」「運動」「睡眠」の影響も非常に大きいという話を前回のコラムに書きました。今回は「睡眠」とメンタルの関係について紹介したいと思います。
睡眠とメンタルの関係については、精神科医療の分野でも以前から重要視されており、診察場面でも睡眠状態はほぼ必ず聴取されます。睡眠は症状のバロメータのようなもので、睡眠が安定すれば症状も改善に向かい、不安定になれば症状も悪化しやすいのです。 だからこそ患者さんの睡眠が不安定になると、多くのばあい睡眠薬が処方されます。睡眠薬には副作用もありますが、その副作用によるデメリットよりも、薬の力を借りてでもしっかり寝られるメリットのほうが大きいと判断されるケースが多いのです。
精神医学者の中井久夫先生も、休養とストレス解消のために最も大切なのは睡眠であると述べられています。必要な睡眠時間には個人差があるものの、一般的には7時間~8時間の良質かつ規則正しい睡眠が理想で、これより短すぎても長すぎてもメンタル面によくないと言われています。
睡眠の乱れはどうしてメンタル面に大きく影響するのでしょうか? これについては生体の日内変動リズムや、睡眠自体が持つ心の問題の整理、脳の休息などさまざまな側面があって、そのいずれもが相まっていると考えられますが、近年とくに注目されているのが、「睡眠不足は慢性的な交感神経優位状態による全身の炎症反応とコルチゾールの過剰分泌を介して、抑うつ状態や免疫力低下、肥満など種々の症状を引き起こす」というメカニズムです。
私たちは交感神経(狩猟・警戒モード)と副交感神経(休養・回復モード)の両者を状況に応じて、シーソーのようにバランスを取りながら心身のコンディションを調整しています。休養・回復モードの最たるものが睡眠なわけですが、その睡眠時間が減るということは当然、交感神経の過活動を招いてしまいます。ずっと狩猟・警戒モードを強いられ続けると、私たちの心身は摩耗してしまうのです。
一方で、一日中ずっと寝てばかりいると今度は、ノルアドレナリン、ドーパミンといった脳内分泌が滞って抑うつ状態に陥りやすくなりますし、身体を動かさないことでの免疫力低下や肥満を引き起こします。
寝不足も寝すぎも健康によくないのはこういう仕組みです。つまり私たちは、適度に活動してしっかり休養するというメリハリの中で調子が整えられる構造になっていて、それが長期的に崩れるとさまざまな心身の不適応に陥ってしまうのです。
ここで問題になるのは、そのときの休養や睡眠が必要なものか、不必要なものか? という判断です。一般的に理想とされる睡眠時間は先に述べたとおりですが、必要な睡眠量はそのときの疲労度によって異なってきます。前日寝不足だったり、当日激しい運動をしたりした日は当然、長めの睡眠時間が必要となりますし、逆にあまり運動も頭脳労働もしなかった日は若干少なめの睡眠時間で足りるかもしれません。
一般的には、休養や睡眠をとって状態が良くなったら、その休養や睡眠は「必要」だということになります。他方、いつもより長く休養や睡眠をとっても状態が良くならなかったら、その休養や睡眠は「不必要」で、むしろ弊害のほうが大きいかもしれません。
睡眠時間についてあまり神経質になりすぎるのも善し悪しです。重要な用事のため睡眠時間が十分に確保できない日があるのは当然のことですし、そんなときまで睡眠を優先させて重要な用事を放り出すのはあまりにも非常識でしょう。
精神医学界では、睡眠は二日で帳尻が合えば大丈夫と言われています。睡眠不足の日があっても、翌日多めに寝ればそれでいいというわけです。
睡眠は自分の意志で完全にコントロールできるものではないので、眠ろうと思っても寝つけない場合もあります。こんなとき、「なんとしても寝なければ!」と焦れば焦るほど気が立って寝つけなくなるものです。目をつぶって横になっているだけでも睡眠の7割くらいの休養効果があると言われますので、「少しくらい寝れなくても大丈夫」と思ってそのままお過ごしください。ただ、パソコンやスマホなどの視覚刺激があると覚醒してしまうので、目をつぶって横になっていることが大切です。
睡眠時は当然ながら、暗い~薄暗い照明で、あまり騒々しくない環境がよいのですが、近年、むしろ少し音があったほうが安心して眠りやすいという報告もなされています。もともと人類は野外で寝泊まりしていて、家畜などがのんびり動いたり鳴いたりしている音がしているとそれが、自分たちを脅かす外敵がまわりにいない確証となっていたのです。
現代社会に生きる私たちも原始時代からの遺伝子を引き継いでおり、家族の寝息が聞こえていたり、音楽やラジオ放送が軽く流れていたりするくらいのほうがリラックスして眠りやすいのだそうです。
もちろん、どのような環境が眠りやすいかは人それぞれで、完全に無音状態のほうが良いという人もいらっしゃると思いますが、よければ参考にしてみてください。
そういえば文豪の谷崎潤一郎もかつて、「はじめて寝台列車に乗ったときは騒音と振動で全然寝つけなかったが、何度も乗っているうちに今度は、寝台列車の騒音と振動がないと寝付きにくくなってきて困っている」という内容の随筆を書いていました。彼にとってはもしかすると、寝台列車の騒音と振動が安全な環境の確証となっていたのかもしれません。
そんなわけで皆さんも、今いちど睡眠の大切さを見直してみませんか? 短い睡眠で慣れているという方もいらっしゃると思いますが、確かに私たち人類は順応能力が高いので、不健康なライフスタイルにも短期的には慣れることが可能です。しかしその代償として、慢性的なメンタル不調や種々の身体疾患に陥る可能性が上昇してしまうのですから。
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ここ数回にわたって、心の健康を保つための基本的な要因について書いてきました。自分の意志でコントロールしやすい順にまとめると、
1.運動習慣:一日30分のウォーキングでも効果あり。理想は一日10kmのジョギングとされていますが……これはほとんどの人にとって無理だと思うので、自分に合った内容とペースで楽しく続けられるものを。
2.食生活:炭水化物は一日の必要カロリーの40~50%前後にしながら、野菜や魚など多品目を摂るように心がける(たんぱく質とオメガ3脂肪酸の適正摂取を忘れずに)。
3.睡眠:神経質になる必要はないが、一日7~8時間の規則正しい睡眠を心がける。
4.孤独感の軽減:対人関係を育むスキルを向上し、家族や友人との絆を大切にする。
ということになるでしょうか。これらは筆者自身が実践していることでもあり、本当に大きな効果を感じています。メンタル面の治療というと「薬物療法+心理療法の2つが両輪だ」という考え方がかつてはありましたが、その土台となる上記4要因にも是非目を向けて、可能なかぎり改善していただければ幸いです。
文責:臨床心理士・名倉