おうばく通信
おうばく心理室コラム
2016年7月 5日 (火)
【おうばく心理室コラム/2016年7月】孤独、について二言三言
心身の健康を維持するために大切なこと、避けるべきことは種々ありますが、その大きな要因の一つが「孤独感」です。
社会的に孤立している人ほど、心筋梗塞や脳血管疾患、循環器疾患、がん、呼吸器疾患、消化器疾患、うつ状態など、さまざまな身体疾患やメンタル不調に陥る可能性が跳ね上がるというデータが報告されています。孤独感は高血圧や肥満、運動不足、喫煙に匹敵する、あるいはそれ以上に大きな、健康上のリスクファクターなのです(詳しくは『孤独の科学』河出書房新社・刊などご参照ください)。
孤独感が疾患につながるメカニズムについては、さまざまな視点からの指摘がなされていますが、私見も交えつつこの問題について考えてみたいと思います。
もっとも単純なメカニズムとしては、孤独感が募ると寂しさを紛らわそうとして、暴飲暴食に走ったり喫煙量が増えたりしやすいことが考えられます。食事をしたりお酒を飲んだりタバコを吸ったりすることは、一時的に口唇欲求が充足することで寂しさを軽減させるので、これらの行動が依存対象になりやすいのです。しかし、一時的に気持ちが紛れる代償として、長期的には糖尿病や肝臓病、肺がんといった身体疾患、あるいは摂食障害やアルコール依存症といったメンタル疾患に陥る可能性が高くなってしまいます。
さらに直接的なメカニズムとしては、孤独感が続くと自律神経系のバランスが慢性的に崩れ、種々の問題が生じやすくなることが考えられます。
自律神経というのは全身に張り巡らされている神経系で、私たちの意思では律することができないかわりに、神経自らが自身を律していることから「自律神経」と呼ばれています。不随意筋の動作がその代表で、心臓や胃腸の動きは意識的にコントロールできないかわりに、運動量や食事などによって自動的に調整されています。これが自律神経の働きです。
一方、神経自らが自身を律するのではなく意思の力で律することのできる神経は「体性神経」と呼ばれています。運動神経がつかさどる随意筋の動作がその代表で、手や足は自分で意識したとおりに考えて動かすことができます。
自律神経は「交感神経」と「副交感神経」の二種類がシーソーのようにバランスを取りながら私たちの心身のコンディションを調整しています。
交感神経は私たちを緊張状態にする働きを持ちます。たとえば猛獣などの外敵に遭遇したとき、私たちは恐怖感を抱くとともに心拍は早くなり、呼吸も荒くなります。これは血流量や酸素摂取量を増やして、少しでも早く戦うか逃げるかできる態勢をとろうとする反応と言えます。
副交感神経は私たちをリラックス状態にする働きを持ちます。たとえば猛獣から逃げおおせて無事に帰宅したとき、私たちは安堵感とともに心拍は遅くなり、呼吸もおだやかになります。これは血流量や酸素摂取量を減らして、少しでも心身を休めて回復させようとする反応と言えます。
そして私たちは、目の前の状況に応じて交感神経と副交感神経をうまく上下させながら、言い換えるなら無意識のうちに戦闘警戒モードと休養安息モードをやりくりしながら日々暮らしているのです。自分に危険が迫っているときは交感神経を起動して警戒態勢に入り、自分の安全が確保されたら副交感神経を起動して休養状態に入る……これは私たち人類が自然界で生き延びるための方略だったと考えられます(ずっと警戒態勢が続くと心身が摩耗して自滅してしまいますし、ずっと休養状態だと容易く外敵にやられてしまいます)。
では、孤独感は自律神経系にどのような影響をもたらすのでしょうか?
私たち人類はオオカミなどと同じく、群れを作って生活する社会的動物です。猛獣たちに比べると一人ひとりの腕力は弱いけれども、高く発達した知能を使って集団で狩りをしたり居住したりすることによって食料や安全を手に入れてきた私たちには、「自分のまわりに仲間がいれば安全な状態で、仲間がいなければ危険な状態だ」という認識が、太古の昔から遺伝子レベルで刻み込まれていると考えられます。
孤独感を抱いているときは、「自分のまわりに仲間がいない=危険な状態」だと無意識のうちに認識され、心身は自動的に交感神経優位な状態(戦闘警戒モード)にシフトします。このような状態は一時的であればいいのですが、孤独感が慢性的に続くと戦闘警戒モードが長期化する結果、心身の摩耗(精神的な疲弊や高血圧状態、免疫力低下など)を招いてしまいます。それが冒頭に述べたような種々の疾患~心筋梗塞や脳血管疾患、循環器疾患、がん、呼吸器疾患、消化器疾患、うつ状態など~につながるのです。
現代社会は、都市部の人口密度は増大している一方、家制度や村制度の解体がすすみ、人と人の関係が希薄化していると言われます。パソコンやスマホを介してのSNSは爆発的に広がっていますが、SNSへの傾倒は孤独感をむしろ増大させるという報告もあります(孤独感が強い人はSNSに傾倒しやすいという逆の因果関係もあると思いますが)。
このように孤独感を募らせやすい社会構造があるとするなら、どうやって孤独感を軽減していくかも、心身の健康増進を考えるうえでの大切なテーマとなるでしょう。
そのためには親密な人間関係、信頼できる対人関係を育んでいくことが重要ですが、ここでポイントとなるのは、実際にどれだけ孤立しているかではなく、主観的にどれだけ孤独感を抱いているかが健康度に影響している点です。
いつも大勢の人に囲まれている人であっても、当人が孤独感を抱いていれば、その人は「孤独」だということになります(カリスマ有名人などにこのようなタイプが多い印象があります)。逆に、長きにわたって一人暮らししている人であっても、遠方にいる竹馬の友が心の支えになっていたりするなら、その人は「孤独ではない」ことになります。場合によっては、心を支えてくれるのは人とかぎらず、ペットであったりロボットであったりするかもしれませんが、とにかく主観的な孤独感をいかにして引き下げるかが重要なのです。
……このようなテーマがトピックスになるのは、現代社会では猛獣などの脅威がなくなって、お金さえあれば一人でも生きていけるようになったことの裏返しかもしれません。大昔であれば、孤立してしまうと生きていけなかったし、だからこそ孤立しないよう仲間との協調関係を大切にしました(原始時代は人間同士の争いが極めて少なかったことが学術的にも報告されています。いわく、原始人には人間同士で争うような余裕などなかったのだろうと)。しかし現代は孤立しても物理的には生きていけるし、だからこそ慢性的な孤独感に伴うさまざまな心身の疾患が現れはじめたのではないでしょうか。
大昔と現代、どちらのほうが幸せなのかは分かりません。ただ、孤立しても物理的に生きていける現代人は、孤独感を軽減していくための方策をより強く必要としていると言えそうです。
文責:臨床心理士・名倉