おうばく通信
BUCきょうと機関誌『ばっくる』連載エッセイ
2016年1月 1日 (金)
月刊きょうと/「幸せを感じるとき」(2016年1月)
今回は利用者のりーふさん(女性)に、幸せを感じる体験について書いていただきました。
人それぞれ幸せを感じるときは様々だと思います。
好きなことに没頭できているとき、美味しいものを美味しくいただけたとき、お風呂に入っているとき、人のやさしさに触れたとき、などなど。
私は数年前まで、幸せだなって感じるのは、嬉しいことがあった時や楽しいことがあった時ぐらいで、あまりささやかなことで感じることはありませんでした。というよりも気づいていませんでした。
仕事でもプライベートでも様々な役割をちゃんと果たさなければならないと思って忙しい日々を続けているうちに、それなりに心地よいことはあっても、「幸せだな~」と感じることがなくなっていたような気がします。
そのような時期のある年の夏の旅行で石垣島からパナリ島(新城島)へ行きました。その当時の島の人口は8人だったと思うのですが、小さな島でほとんどが森で、海のブルーは吸い込まれそうに美しい所でした。
島人と島を散策し、小さな丘を登って亜熱帯の森を抜けて目の前に広がった景色は絶景で、感動のあまり私は生まれて初めて景色を見て涙がこぼれました。
きっとここには何千年何万年とここにはこの景色があり、ゆったりとした変化の中にも、波や風、木の葉の姿は一瞬一瞬で形を変えていき、地球の生命を全身で感じることができました。
この体験がとても心地よくてその後、自然が織りなす美しい景色を見つけることが楽しみとなりました。
普段見ている景色であっても、朝焼けや夕焼け、昼の空の色、雲の形、月の光によって景色はいろいろな姿に変化します。上等なカメラは持っていませんが、心が動いた瞬間にスマホでその景色を撮って楽しんでいます。偶然ステキな景色に出会えると、そこに自分がいることに幸せを感じるのです。
もう一つ自分が自然の一部に感じることができて幸せを感じた経験は、この秋に参加した鳥取県智頭町での森林セラピーです。
森林の中で、フィーリングの合う木を見つけて傍にいき、木に触れながらそこに漂う空気の感触や匂い、音、景色を感じていると、木も落ち葉も苔も蟻も愛おしくなり、自分も自然の一部であることが実感できました。
そのうち雨が降ってきたので「終わります」の声がかかるかと思ったら、それからもしばらく自然を感じる時間は続きました。雨も自然の一部だと受け入れると、自分の中にある何かにあらがおうとする気持ちがなくなっていきました。
日頃、近い距離のものばかり見て過ごして、様々な思考をめぐらしたり、感情を抱いたりしていますが、時々視線を遠くに向けて自然の力を感じると、癒しにもなりますし、今ここに生きていることに感謝する気持ちが湧いてきます。
素敵な景色や自然の力に触れて幸せを感じたときに、そのことを誰かと共有できるともっと幸せです。