おうばく通信
おうばく心理室コラム
2015年9月 5日 (土)
【おうばく心理室コラム/2015年9月】認知行動療法の効果が無くなってきている!?
先日参加した2015年度日本うつ病学会&日本認知療法学会の席で、ちょっと衝撃的な報告の存在を知りました。 『Psychological Bulletin』(世界的に有名な心理学論文誌のひとつ)の2015年5月号に掲載された「The Effects of Cognitive Behavioral Therapy as an Anti-Depressive Treatment is Falling: A Meta-Analysis」(Johnsen & Friborg, 2015)という記事で、タイトルを訳すと「うつ病治療における認知行動療法の効果は下落し続けている」というのです。
認知行動療法の治療効果は実証が積み重ねられ続けているものだとばかり思っていた筆者にとっていささかショッキングな内容であったため、インターネットで入手した原典をざっと読んでみました。今回はその報告の概要をお伝えしながら、私見を添えてみたいと思います。
なお本稿では、論文の一部分を和訳して引用掲載していますが(筆者の英語力は甚だ心もとないものの、英語にも日本語にも堪能なPh.Dに添削をお願いしましたので、訳文に大きな誤りはないと思われます)、英文の原典はこちらに公開されていますので、よければ併せてご参照ください。
…というわけで、まずは「Abstract」(要約)から。
【要約】
単極性うつ病に対する認知行動療法(CBT)の治療効果が経時的にどう変化しているか(年月とともにどう推移しているか)についてのメタ分析をおこなった。心理療法を対象として包括的に検索したところ、研究に適合する論文が1977年~2014年の間に70本見つかった。治療効果はベックうつ病調査票(BDI)およびハミルトンうつ病評価尺度(HRSD)に基づくヘッジg係数によって定量化し、併せて改善率も算出した。各研究の発行年を治療効果の予測因子とした線形メタ回帰分析を実施して、それ以外の調整変数との双方向相互作用も検討した(発行年×調整因子)。治療効果の平均値はBDIでは1.58(95%Cl[1.43, 1.74])で、HRSDでは1.69(95%Cl[1.48, 1.89])であった。下位群を分析したところ、女性は得られる治療効果が男性よりも大きいことが明らかとなった(p <.05)。治療経験が豊かな心理士(g=1.55)は経験の浅い学生セラピスト(g=0.98)にくらべて良い結果を出していた(p < .01)。経時的変化についてメタ回帰分析をおこなったところ、患者の自己記述(BDI)、治療者による評価(HRSD)、改善率のいずれにおいても、CBTの治療効果は当初から直線的かつ定常的に下落し続けていることが示された(それぞれp < .001、p <.01, p <.01)。下位群について分析したところ、群内研究デザイン(介入の前後)ならびに対照試験研究デザインのいずれにおいても治療効果は下落傾向にあることが確認された(それぞれp < .01、p <.02)。したがって、臨床場面での現在のCBT実施は、初期における実施に比べると抑うつ症状の軽減効果が小さくなっていると考えられる。今後の研究に向けて、背景要因として考えられる原因や関連性についても論じた。
メタ分析というのは、世に出ているさまざまな研究論文のデータを集計したうえで再分析して全体的な結論を導き出すやり方で、信頼性・妥当性が高いとされている分析手法です。
上の「要約」をさらに要約するなら、「認知行動療法の治療効果を世界的にみると、男性患者よりも女性患者のほうが大きいし、初心者よりもベテラン治療者が行ったほうが大きい。しかし、いずれにしてもここ30数年間で治療効果はどんどん下がり続けている。どうして治療効果が下がっているのかを考えてみた」ということになります。
たったこれだけの内容をずいぶんと小難しく書いているなァと思われるかもしれませんが、学術論文というのは得てしてこういうものでして。信頼に足る手続きを踏んでいることを示すためには、どうしても回りくどい説明が入ってくるんです。
閑話休題。それではどうして治療効果が下がっているのか? さっそく論文での考察を見てみましょう。
【考えうる治療効果下落の背景と要因】
CBTを伝授・実践するための最初のマニュアルは1970年代に作成され、その後、多くの心理療法家にとって最も信頼できるスタンダードとして用いられてきた。その治療効果が下落している理由は、抑うつに対するCBTは系統的な改善が施されてこなかったという事実以外では説明がつきにくい。
一見するとシンプルなCBTの治療対象(気分障害を軽減するために行われる非適応的な認知の変容など)は、とりわけ魅力的であったとともに、CBTは容易に学べるものだという誤解をもたらしたのかもしれない。だが、意図された通りの手法でCBTを行うためには、正しい訓練と相当数の実践、そして適切なスーパービジョンが非常に重要である。そのため臨床研究者たちは、根拠に基づいた治療的介入からの逸脱に対して警鐘を鳴らしているし(Shafranら,2009)、マニュアルから逸れがちな治療者はマニュアルを守っている治療者に比べて乏しい治療効果しか出していないという報告もある(Luborskyら,1997, 1985)。今回のメタ分析においては、ベックのマニュアルを用いた研究に大きな治療効果は見られなかったが、それらの研究は熟練した治療者が適切にCBTを実施したマニュアルを用いていることを明示していないので、ベックの勧めるマニュアルが無効になるわけではない。
CBTのマニュアルに従っているかどうかに関係なく、経験や治療スキルが治療結果の違いに影響している可能性もある(Crits-Christophら,1991)。ただ、このような交互作用は今回の分析では特定できなかった。CBTの見地に立つなら、治療の忠実さ(マニュアルの厳守)や、たくさん経験を積むこと、無作為臨床試験を行う前にしっかりと手順を学んでおく必要性について、治療法の創始者たちは強い関心を抱いていたとするのが現実的だろう。当該の治療内容に関する適切な言及なしにCBTについての臨床試験を発表する傾向があるが、それはマニュアルを守る意識が乏しいことを示すものであろう。ひとつの可能な説明ではあるが、下降線に有意差がない程度だったら交互作用効果が非常に強いものでなければならなかったし、下降線をプラスの方向に変えていくなら尚更のこと強い効果が必要だった。しかし、その可能性は極めて低い。
臨床試験から収集したデータの標準化は、CBTに関する今後の見直しに際しても、重要な調整変数データの見落としを避けるためにも、そして今後さらに洗練された分析を行っていくためにも有用なものとなるだろう。今後は治療セッションで「何が」「どのように」「いつ」行われたかを適切に記述するとともに、治療同盟や治療者のスキルに関する尺度を含むべきだろう。一般的要因および特異的要因だけでなく、クライアント側の要因、治療者側の要因に関する最低限のデータも収集すべきだろう。
混乱をもたらす興味深い一般的要因をひとつ挙げておきたい。それはプラセボ効果である。プラセボ効果は概して新しい治療法において強いが、時期が経過して治療経験が積み重なっていくにつれて、当初強かった期待感は次第に減弱していく。CBTを用いているかどうかを尋ねる人たちは存在するだろう。認知療法が創始された初期においては、CBTはさまざまな障害に対して最も信頼できるスタンダードとして扱われることが多かった。しかしながら近年においては、CBTが他の技法に比べて勝っているわけではないことを示す研究結果が続々と示されている(たとえばBaardsethら,2013、Wamgoldら,2002 1997)。このような情報を一般の人々がインターネットを含めて容易く入手できるようになったことに伴って、CBTの効果に対する患者の期待や信頼がここ数十年のあいだにいささか下落している可能性は否定できない。そのうえ今回のメタ分析結果が世に広まることで、状況がさらに悪化するのかそうでないのかは、今のところ定かではない。
全治療効果のうち技術的な要因が10%~20%であるとするなら、「新しい心理療法のアプローチはその治療効果をより大きくしていくために、一般的要因の中で入念に改善を加えていくべきである」という主張は理に適っているだろう。この点において、見るかぎりCBTの治療効果が最初の数年で最大に達してその後減退しているのは不自然であると思われる。
要するに、「CBTの効果が下がり続けているのは、治療者がマニュアルを守っていないからだろう。あるいは、CBTはよく効くという初期の幻想(=プラセボ効果)が無くなってきたからかもしれない。マニュアルを守っているか否かは関係なく、治療者の経験や腕前に左右されているだけという可能性もあるにはあるが、その可能性は非常に低い。いずれにしても、慢心することなく改善の意識を持ち続けるべきだ」ということです。
CBTを実際に取り入れながらカウンセリング等をさせていただいている立場として、私見をいくつか述べてみたいと思います。
この論文は臨床家ではなく研究畑の方によって、治療現場の実際ではなく数字を見て書かれているのでしょう。メタ分析という手法自体は信頼性が高いと言われるものですが、今回の分析対象となっている70の研究自体が内容に疑問が残るという旨も述べられており、たとえ統計的処理は優れていても結果をそのまま鵜呑みにするのは危険だとも考えています。それでも、「さまざまな論文を集めて検討したところCBTの治療効果に低減が見られた」という結果は事実であり、私たち臨床家にとって謙虚に受け止めるべき部分はあると思っています。
まず「治療者がマニュアルを守っていないことが影響している」という指摘については、正直なところ耳が痛い部分ではあります。もちろんCBT関連書籍を読んで手順は知っていますし、厚生労働省が発行している治療者向けのCBT公式マニュアルも手元に所持してはいます。ただし、実際のカウンセリング場面では、これらのスケジュールを教科書通りそのまま当てはめるのが難しいケースが多々あります。患者さんによって病態もニーズも面接頻度も異なるため、杓子定規に進めようとするとお互いに不全感や違和感が出てきやすいのです。とはいえマニュアル自体は完成度の高いものなので、おさえるべき手順やポイントは意識しながら柔軟に面接を進めるよう心がけています。
「マニュアルに従っているかどうかに関係なく、経験や治療スキルが影響している」という可能性については、今回の論文では否定的に扱われていますが、筆者としては経験や治療スキルの側面はとても大きいと感じています。記事の中で述べられている通り、CBTの小手先の技法だけを用いても治療はおそらくうまく進みません。CBTマニュアルでのスキルのみならず、患者さんの話をしっかりお聴きして整理するスキルや、信頼できる治療関係を育むスキルが伴わなければ本当に上すべりなCBTになってしまいますし(振り返っての自戒も込めて……)、だからこそマイクロカウンセリングの訓練などで基本的な傾聴技術をまず身につけたうえで、具体的なCBTの研修やスーパーバイズを受けることが大切だと思います。
「初期のプラセボ効果がなくなってきたことが影響している」という指摘については、認知療法の創世記である35年以上前の状況をまったく知らないので(筆者は当時まだ小学生でした)、何ともよく分からないというのが率直なところです。ただ、一時期(10年ほど前でしょうか)CBTが万能薬のようにもてはやされすぎた印象はあり、それが患者さんの期待値を上げすぎて、逆に引き続く失望を招きやすい状況につながっていた印象は抱いています。
なお、「慢心することなく改善の意識を持ち続ける」ことは当然ながらとても重要だと思います。ただ、記事の中ではCBTが改善を怠ってきたようにも述べられていますが、個人的には必ずしもそうは考えていません。ここ二十年あまりの現場や学界での変遷を見る限りでも、そもそも情報処理モデル・認知モデルから発展した認知療法に、行動理論から派生した行動療法の要素が加わって認知行動療法となり、さらには患者さんの症状や訴えに応じて種々のコンポーネント技法を選択的に用いる治療戦略が近年のCBTの主流となっています。
たとえば、患者さんの悩みが事実ではなく考えすぎであるときは認知再構成法を選び、その悩みが事実であって考えすぎではないときは行動活性化技法や問題解決技法を選び、自分の意見を主張できないなど対人スキルの側面が大きいときはアサーショントレーニング技法を選び、認知よりも深い信念の部分にまで踏み込むときはスキーマ療法を選び、考えかたの変容ではなく受容と相対化に重きをおくときはマインドフルネス技法を選ぶといった具合です。
そして最終的には、患者さんにとってどの方法がしっくりくるかという相性の問題も非常に重要です。折しも近年、うつ病の概念そのものが広がるとともに、さまざまな背景の患者さんが「うつ病」と診断されてカウンセリングに来談されるようになっています。病態も状況も性格もライフスタイルも個々人で大きく異なるわけですから、いくらメタ分析で「この治療法が一番優れている!」と結論づけられたところで、それが万人に当てはまるとは限りません。だからこそ私たちは、マニュアルにとらわれるだけでなくできるだけ多くの選択肢の中から患者さんに合ったコンポーネントを提案できるよう研鑽を積むべきであり、それがひいてはCBTの治療効果を再び上向きにしていく力になるものと信じています。
文責:臨床心理士・名倉