おうばく通信
おうばく心理室コラム
2014年3月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2014年3月】認知療法≠ポジティブシンキング
認知療法は大まかにいうと、「同じ状況に対しても、それをどう捉えるかによって、感じるストレスの大きさなどは変わってくるから、より適応的な捉えかたができるようになっていきましょう」という考えかたです。
こういった認知療法の概略を見聞きした患者さんから(ときにはスタッフからも!)しばしば言われます。「つまりポジティブシンキングってことですよね?」
違うんです! 認知療法には確かに、考えかたをポジティブにしていく側面もありますが、それはあくまでも一側面にすぎず、認知療法の本質的な部分ではありません。
そこで今回は、認知療法の本質はどこにあるのか? ポジティブシンキングとどう違うのか? …このあたりについて思うところを書いてみることにします。
ところで、次のようなたとえ話を目にしたことはないでしょうか。
「水筒に水が半分入っています。これを見て、『もう半分しかない!』と不安になったりガッカリしたりする人はストレスをためやすく、『まだ半分もある!』と安心したり喜んだりする人はストレスをためにくいです」
言われてみればまァそうかもしれません。私たちが普段生活している状況下で、「これくらいのこと」でいちいち不安になっていたら、毎日心が休まらず大変でしょう。水くらい無くなれば自販機でもコンビニでも買えますし、帰宅すれば蛇口から水が出てくるわけですから、水筒の水が半分という状態に対する不安は明らかに過剰反応です。したがって、このような場合には、「水筒の水はまだ半分もあるから大丈夫」というのが現実に即した捉えかただと考えられます。
しかし、これがサハラ砂漠を一人で探検しているときだったらどうでしょうか。まわりに自販機もコンビニも水道もなく、人の姿もなく、頼れるのは己の装備のみという状況下で、水筒の水が半分という状態はかなり危機的であるかもしれません。このような状況下で「まだ半分もあるから大丈夫」というのは、あまりにも思慮に欠ける能天気な捉えかたであって、「もう半分しかない!」と不安を抱いて慎重に行動するのが現実に即した考えかたということになります。
うつ病になりやすいとされる種々の認知特性についても同じことで、それらが良いとか悪いとかではなく、それらの捉えかたが現実に即したものかどうかがポイントなのです。
たとえば、その中のひとつ「完ぺき主義」。「満点でなければ0点と同じ」が信念で、テストや仕事で90点を取っても、取れなかった10点にばかり目が向いて自分を責める。常識的に考えると「そこまでストイック過ぎたらそりゃあノイローゼにもなるよ」ってなもんでしょうけれど、これが空港の管制官の仕事だったらどうでしょう。「100機中100機とも無事に着陸させないといけない」という完ぺき思考は当然の感覚であって、「100機中1機くらいは墜ちてもいいんだよ。管制官だって人間だもの」なんていう考えかたは通用するわけがありません(そのかわり管制官の方々は1~2時間ごとに交代で休憩をとっているそうで、完ぺき思考のプレッシャーの強さがうかがわれます)。
認知療法と単なるポジティブシンキングの違いはこのあたりにあります。認知療法は、目の前の状況に対して偏った捉えかたに陥っている場合に、その状況での現実的な捉えかたに修正していく、というものです。一方、単なるポジティブシンキングは、客観的な状況や現実的な思考といった要因は考えず、「きっと大丈夫!」「なんとかなるさ」と自分に言い聞かせて安心しようとするものです。
「単なるポジティブシンキング」を全否定するつもりはありません。たとえ根拠はなくとも、肯定的なイメージへと自己暗示することによって解決のための行動をしやすくなることもあるでしょう。ただ、根拠がないだけに本当に納得しているわけではないので、自己暗示の効果はすぐに消えやすいですし、また、否定的な結果につながる可能性のほうが実際に高いにもかかわらず、「きっと大丈夫!」などと根拠のない楽観主義から無謀な行動を起こし、取り返しのつかない失敗をしてしまう危険性も出てきます。
認知療法は、ポジティブで楽観的な考えかたに自らを導くことが目的ではなく、偏った判断を現実的な判断へと近づけることを目的としています。認知療法を実施することの多いうつ病の患者さんの場合、実際よりもネガティブで悲観的な考えかたに偏っているかたが大半なので、バランスをとるために「もっとポジティブで楽観的な考えかたはありませんか?」という形で提案し、「きっと大丈夫!」「なんとかなるさ」という捉えかたができるよう誘導する展開になりやすいのですが、逆方向の展開になる認知療法も存在します。
その一例が、性犯罪で逮捕されたかたへの認知療法です。たとえば満員電車で痴漢行為に及んだ男性が、犯行当時、「相手の女性が全然抵抗しなかったから、嫌がってないんだと思った」「たとえ嫌だったとしても相手の女性はすぐに忘れるだろうから大丈夫と思った」などと認識していたケースがあります。しかしこれは偏った認識、誤った判断であり、実際には相手の女性は恐怖のあまり抵抗すらできなかったこと、そのあと何年にもわたって男性への恐怖心が消えないことが明らかになったりします。このような場合、男性側の「きっと大丈夫!」「なんとかなるさ」的な偏った考えかたを修正し、「大丈夫ではない!」「なんとかならないんだ」という現実に即した視点の会得を目的とした認知療法を行うことになります。そうすることが再犯抑止につながれば、被害者のためにも本人のためにも、ひいては社会のためにもなって、本当の意味で「ポジティブ」シンキングとなるのです。
単なるポジティブシンキングは、自室の壁に「きっと成功する!自分を信じろ!」みたいな標語ポスターを張るようなものです。それに対して認知療法は、自分の考えかたのクセを自覚したうえで現実的な判断をくだす能力を涵養していくためのトレーニングです。
両者の違いのエッセンスを本稿で少しでもご理解いただければ幸いです。そして認知療法に興味をもってくださったなら、ぜひチャレンジしてみてください(もちろん当カウンセリングセンターでも実施しています)。
文責:臨床心理士・名倉