おうばく通信
おうばく心理室コラム
2013年11月 5日 (火)
【おうばく心理室コラム/2013年11月】今年の新色!? 卵工場色のセーター
私事で恐縮ですが、先日いささか恥ずかしい思い違いをしてしまいました。知人と洋服のカタログを見ていたら、茶色いセーターの見本写真の下に次のような記載があったんですが……
※カラーバリエーション:ブラウン、ダークグレー、エッグプラント
ブラウンとダークグレーは分かるけれど、エッグプラントっていったい何色??
自分なりに推察してみました。エッグ=卵、プラント=工場って意味だろうから、卵工場。すなわち、養鶏場と卵詰め工程とが一体化した大型設備のことだろう。工場の「色」といえば外壁のことだろうから、ベージュとかクリーム色とかに違いない。なあんだ。
「だったら普通にベージュと記載すればいいのに、エッグプラントなんて気取っちゃって。これだから近頃のファッションカタログは鼻につくんですよねー」
このように苦言を呈したところ、知人からご失笑とご教示を賜ったのでした。
「アハハ、名倉さん。エッグプラントって茄子のことですよ。茄子の色、つまり濃い紫系の色だと思いますけど」
なんでもプラントは工場ではなく植物のほうの意味で、卵みたいな形の実をつける植物だから「エッグプラント」=「茄子」なのだろうとのこと。
ちょっと考えてみたら、卵工場色なんていう表現、あり得なさすぎです。ショップの店員さんから「こちらのセーターは今年の新色で、卵工場色となっております」などと言われるのも違和感ありすぎですし、だったら「居酒屋色」とか「漬物屋色」とかもアリなのかよ!? という話です。
自分の無知とそれに加えてのエラソウな物言いに赤面し、「いまのナシ! 無かったことにして!!」と心の中でしばらく叫び続けた一件だったわけですが、翌日になってふと思い直しました。おっ、この話、コラムのネタになるんじゃないかと。
こう考えると、恥ずかしい失敗がむしろ生産的な行為だったような気がしてきて、当初の忸怩たるネガティブな感情が次第に、なんとなく得をしたようなポジティブな感情へと変化していったのでした。
こういうメカニズムは心理療法の言葉で「リフレーミング」と呼ばれています。あるフレームで捉えると否定的な事柄も、別のフレームで捉えなおすと肯定的になる。これを上手に用いて精神衛生の向上につなげていこう、というわけです。
リフレーミングの好例として印象に残っているのは、芸術家・作家の赤瀬川原平さんが提唱する「侘び寂び」や「老人力」といった考え方です。
「侘び寂び」はそもそも千利休が茶道の世界で言及した言葉で、真新しくキレイな茶器よりも、むしろ古びて欠けた茶器にこそ本当の味わいがあるという考え方です。これを赤瀬川氏は万物に広げて解釈し、たとえば新しく買ったカメラに傷が付いてしまっても、価値が下がってしまったと悔やむのではなく、傷が付いたことで世界にただ一つの「侘びカメラ」に昇格したと考えるのだと。
「老人力」は赤瀬川氏オリジナルの言葉で(同名の書籍がヒットして流行語にもなりました)、歳を重ねるとどうしても物覚えが悪くなったりするけれど、それを「能力の低下」と否定的に捉えるのではなく、「物を忘れる力が身についてきた」と肯定的に捉えることもできるというわけです。
氏のこのような考え方に接して以来、私自身ずいぶんと救われるところがありました。買ったばかりの腕時計に傷を付けてしまっても、それまでは後悔するしかなかったのが、「ようやく世界に一つの侘び時計になったんだ」と思うとすっと気持ちが軽くなったり。
考え方を切り替えることで精神衛生を向上させるこういった知恵は、昔から広く用いられています。たとえば京都では、おめでたい結婚式の日に雨が降ったとき、そりゃあ誰にとってもイヤなことですが、だからこそ「雨降って地固まると申します」と言って、雨天を幸運と捉えるしきたりが古来より続いていたりします。
考え方を切り替えるといっても、認知療法などはまた手法が異なり、否定的に偏りがちな自動思考に対してその根拠と反証を客観的・論理的に検討していくことで、現実的な判断能力とその後の行動力を培っていこうとします。たとえば「歳をとって自分は何もできなくなってしまった」という考え方に対して、その仮説を支持する証拠と矛盾する反証とを検討し、歳をとってもできることが実際には多く存在する事実を確認しながら過度の絶望感を軽減していく、といった手順をとります。
しかし、歳をとること自体は避けようがないし、カメラの傷や結婚式の雨天もいくら努力したところで事実を変えることはできない。変えられないことに対しては、それを受け入れるための価値観を新たに見いだしていくことも大切なのではないでしょうか。
最後に、AA(アルコール依存の匿名自助グループ)の「平穏の祈り」からの抜粋にて、本稿をそれっぽく締めくくらせていただきたいと思います。
「神よ、変えられることを変える勇気と、変えられないことを受け入れていく平静さと、その二つを見分ける賢さをお与えください」
文責:臨床心理士・名倉