おうばく通信
おうばく心理室コラム
2013年9月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2013年9月】冷めやすい恋愛を禁煙に生かす!?
『脳はなにかと言い訳する』(池谷裕二著/祥伝社刊)という本を読んでいたら、「報酬系」に関する比較的新しい研究が紹介されていました。なんでも、恋愛中の男女に愛する相手の写真を見せると、脳内の報酬系の活動上昇が確認されたんだとかで。そして著者は、次のように指摘していました。
薬物中毒は足を洗うのが難しいのですが、恋愛感情は急に冷めることがあります。冷める機構が分かれば、覚醒剤の精神依存の治療に使えるのではないかと思っているのですが、残念ながらまだ科学的に解明されていません。
当院でも禁煙外来を設けていますが、タバコなどもなかなかやめられない方が多いようです。考えてみると不思議な現象で、恋愛感情は急に冷めることがあるのに、タバコへの嗜好は急に冷めないのはどうしてなのか?
恋愛感情はなぜ急に冷めやすいのか? についての文化的・生物学的背景については、『愛はなぜ終わるのか』(ヘレン・E・フィッシャー著.草思社刊)という本に詳しく考察されています。要約すると、恋の情熱は脳の中のPEAという興奮性伝達物質によって引き起こされるが、二~三年も経てばPEAのレベルが低下して陶酔状態が続かなくなる。これはおそらく、なるべく多様な子孫を残したいという我々の本能的なプログラムによるものだろう、とのこと。
ただし、脳内分泌の問題ばかりに終始していても実感がつかめないので、もう少し一般日常レベルで考察を進めてみたいと思います。
まず考えなければいけないのは、「恋の情熱」とか「恋愛中毒」とか言われるときの恋愛感情は、長期にわたる愛情(=愛着形成)とは質的に違うものだということです。『愛するということ』(エーリッヒ・フロム著/紀伊国屋書店刊)の一節を引用します。
異性愛はしばしば、恋に「落ちる」という劇的な体験、すなわちさっきまで他人どうしだった二人のあいだの壁が突然崩れ落ちるという体験と、混同される。(中略)突然親密になるというこの体験は、その性質上長続きしない。
(中略)性欲は、愛によってかきたてられることもあるが、孤独の不安や、征服されたいとか征服したいといった願望や、虚栄心や、傷つけたいという願望や、ときには相手を破滅させたいという願望によっても、かきたてられる。
相手に対する「ひとめぼれ」には、孤独や不安をはじめとした、さまざまな感情が投影される。結果として「恋愛感情」は燃え上がるわけですが、それは孤独なり不安なりが解消した時点で燃え尽きる。つまり、急に愛が冷めるわけです。
しかし、「愛」が冷めたあとも、愛着形成は長期にわたって続くことがあります。そして、「ひとめぼれ」と「愛着形成」とでは、脳内分泌のメカニズムが異なると報告されているのです(前者はPEA、後者はエンドルフィンによってもたらされる)。
「ひとめぼれ」を左右するのは直感と言われますが、直感というのも実はクセモノで、第六感というよりは単なる先入観である場合も多いと思われます。
一例として、心理学の分野で「ハロー効果」と呼ばれる現象があります。これは「他者がある側面で望ましい特徴を持っていると、その評価を当該人物に対する全体的評価にまで広げてしまう」という一般的傾向を指す言葉です。たとえば、相手の容姿が自分のタイプだと、その人の性格までもいいように思ってしまう。そして、もっと相手のことを知るにつれて、虚像と実像のギャップに気づいて幻滅する。…こんな「恋の終わり」も世には多いのではないでしょうか?
こう考えると、「ひとめぼれ」するには、自分の感情の投影やハロー効果による理想化といった勘違いが必要だということになりそうです。当然ながら、勘違いが冷めると、「報酬系」の働きも冷めてしまう。それにひきかえ、タバコなどには「ひとめぼれ」がなく、むしろ最初は不味いだけだったのが、回数を重ねるにつれて、次第に味がわかってきて依存が形成されるのでしょう。
…ということは、タバコへの気持ちを(恋愛と同じく)急に冷めさせるためには、最初の時点で気持ちをグッと高めることが大切なのかなあと思ったり。映画なんかでも、あまりに前評判がよくて期待しすぎると肩透かしをくらって、「なあんだ、この程度の作品か」とガッカリすることがありますが、これに似ているかもしれません。
恋愛と同じようにタバコへの愛情を冷めさせるためには、タバコの害ばかり広報するよりも、「タバコってむちゃくちゃ素晴らしいモノですよ!」と吹聴するほうが効果的な気もするのですが、いかがなものでしょうか。
文責:臨床心理士・名倉