おうばく通信
おうばく心理室コラム
2013年6月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2013年6月】すぐに使える会話術~相手に「つけ込む」「ふっかける」
皆さまの暮らしに役立つ心理学コラムを標榜しておきながら、ここしばらく独り言のような内容ばかり書き連ねてしまって申し訳ありません。
そこで今回は、すぐに使える会話術を2つ、ご紹介したいと思います。カウンセリングでもときどき使いますが、じつはセールスや詐欺でも使われることのあるテクニックです。
その1.「フット・イン・ザ・ドア」(つけ込む)
相手にしてほしいことがあるとき、はじめはそれよりもずっと小さな要求からスタートして相手からの承諾を得たうえで、それよりも大きな要求に釣り上げる形で、本当にしてほしいことをお願いするという手法です。
心理学者フリードマンらにこんな実験があります。安全運転をドライバーに促す大きな看板を、道路沿いの民家の前に設置させてもらうことになりました。ただ、いきなりこんなお願いをしても、17%の人しか承諾してくれませんでした。しかし、お願いをする数週間前に「安全運転を促す小さなシールを玄関先に貼らせてほしい」とあらかじめ依頼しておくと(この段階での依頼を断る人はほとんどいなかった)、その後、大きな看板を設置させてほしいというお願いに対して76%もの人が承諾してくれたのです。
これはどうしてかというと、私たちは「一貫性のある人物でありたい」「一貫性のない人物だと思われたくない」という傾向を持っているため、いったん最初の依頼を引き受けてしまうと「私はこの相手に対して協力的な人物だ」というセルフイメージが形成され、その延長線上にある依頼も断りづらくなるのです。
相手に何かしてほしいことがあるとき、まずはそれよりも小さなことを依頼して受け入れてもらったうえで、本当にしてほしいことをお願いしてみましょう。
たとえば、奥さんがご主人に、5キロ入りのお米(結構重い!)を仕事帰りに買ってきて欲しいと思っている場合。最初から「帰りにお米を買ってきて欲しいんだけど」と言ってしまうと、ご主人も身構えて「重そうだから今度クルマ出したときでもいい?」などと返されてしまう可能性が高いでしょう。そこでまずは、それよりも小さな依頼として「帰りにスーパーで納豆を買ってきて欲しいの」などと切り出し、それに対するご主人の承諾を得たうえで、「ありがとう。できればあと、お米も買って帰ってくれると助かるんだけど…」という風に依頼すると、買ってきてもらえる可能性が高くなるのです。
ちなみにフット・イン・ザ・ドアという名称の意味は、ドアに足を差し入れる。つまり、訪問セールスマンが玄関のドアに足を入れ、話だけでも聞いて欲しいという小さな譲渡を引き出せば、そのあと契約などの大きなOKを引き出しやすくなることに由来しています。このような、相手の小さな譲歩につけ込んで大きな契約につなげていく手法は、詐欺や新興宗教の勧誘などにもしばしば用いられます。
その2.「ドア・イン・ザ・フェイス」(ふっかける)
これは先ほどの「フット・イン・ザ・ドア」とは正反対の方法で、相手にしてほしいことがあるときに、まずは途方もなく大きな要求を相手に突きつけ、断られたらそれよりも小さな要求に格下げする形で、本当にしてほしいことをお願いするという手法です。
心理学者チャルディーニらにこんな実験があります。大学生を対象として、「少年たちを2時間程度、動物園に連れて行ってほしい」というボランティアを募集したところ、17%の学生しか参加してくれませんでした。今度は、この募集をおこなう前に「2年間毎週欠かさず、少年たちを2時間程度、動物園に連れて行ってほしい」という無茶なボランティアを募集したところ、案の定誰一人として参加しなかったのですが、その後に「では1日だけでいいので、少年たちを2時間程度、動物園に連れて行ってほしい」と募集し直したところ、50%もの学生が参加してくれたのです。
これはどうしてかというと、私たちは「はじめの大きな要請に比べると次の小さな要請は対比の効果で一層小さく感じる」「相手からの依頼を断ることに罪悪感を抱く」という傾向を持っているため、最初の依頼を断ったうえに、譲歩してくれた2度目の依頼まで断ることに強い罪悪感を抱き、相対的に小さい2度目の依頼は受け入れやすい心理が働くのです。
相手に何かしてほしいことがあるとき、まずはそれよりもずっと大きい無茶な依頼をして、断られたうえで本当にしてほしいことをお願いしてみましょう。
奥さんがご主人に、仕事帰りにお米を買ってきて欲しいと思っている場合であれば、先ほどの「フット・イン・ザ・ドア」とは逆に、まずは吹っかけるのです。「ええっと、2リットル入りミネラルウォーター2本と、一升瓶入りの調理酒1本と、10キロ入りのお米1袋と、4合入りのお醤油1本を仕事帰りに買ってきて欲しいんだけど…」と。ご主人はおそらく拒否します。「そんなの両手でも持ちきれないよ!」と。そこで譲歩する形で、「じゃあ、5キロのお米だけでいいから、買ってきてくれないかしら…」という風に依頼すると、買ってきてもらえる可能性が高くなるのです。
ちなみにドア・イン・ザ・フェイスという名称の意味は、来訪者の顔にめり込むくらい玄関のドアを強く閉める=門前払いしようとする。つまり、門前払いされるのは計算ずくで大きな要求を突きつけることに由来します。悪徳セールスマンなどはしばしばこの手を用い、まず法外な高値を提示してから、大幅に値引きするように見せかけて商品の購入を迫ったりします。
以上、すぐに使える会話術を2つご紹介しました。詐欺や悪徳セールスマンなどといった文脈で書いてしまったせいで、人をだますための悪徳テクニックのように思われるかもしれませんが、決してそういうわけではありません。カウンセリングの場面ではむしろ、治療上有益なことを患者さんに実行していただくために、こういったテクニックを「ときどき」「こっそり」「さりげなく」用いています。
たとえばここに、生活習慣病を予防するために毎日軽いジョギングをしたほうがいい人がいらっしゃるとして、そのことは本人もよーく分かっていて、でも分かっちゃいるけど…という場合。ハイ、もうお分かりですよね!? そう、まずは庭先をちょっとだけ歩くことから提案しようか、それともフルマラソンに出場することから提案しようか……。
文責:臨床心理士・名倉