おうばく通信
おうばく心理室コラム
2012年7月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2012年7月】「セルフハンディキャップ」でストレスを乗り切ろう!?
心理学の用語に「セルフハンディキャップ」という言葉があります。
直訳すると「自分自身にハンディを負わせる」「自分自身を不利な立場にたたせる」といったところですが、この言葉には実はもう少し深い意味合いがあるのです。
その答えを読む前に、少し考えてみてください。
たとえば、ある画家がちっとも絵を描かずに、朝から酒を飲んではクダを巻いているとします。
「オレはなァ、今は飲んでるからアレだけど、本気を出して描いたらスゴいんだぞ!」
「なにしろ○○展で入選したこともあるんだからな!!」
そのくせ絵を描き始めるそぶりもなく、いつまで経っても酒ばかり飲んでいる。こんな姿を何度も目のあたりにした周囲の人々は、だんだん彼に愛想を尽かしていくことでしょう。いつか描くとか言ってるけれど、単に意志が弱くてお酒に飲まれてるだけなんじゃないの? と。
あるいは、若い頃に結構な記録をだして注目された陸上選手が、その後も世界記録を目指して練習を重ねているとします。しかし大切な試合が迫ってくると、いつも練習中に膝を故障させてしまう。そして言うのです。
「故障さえなけりゃ世界記録を出せたのに!!」
はじめのうちこそ彼の不運に周囲の人々も同情するかもしれませんが、これが2回3回と続くとさすがに呆れて、非難めいた気持ちを抱くようになることでしょう。大切な試合を控えているのに、自己管理ができてないんじゃないの!? と。
セルフハンディキャップの観点からすると、上のケースはいずれも単なる意志薄弱や自己管理不足ではなく、もっと深い、けれども原始的な、自身を守ろうとする心の防衛機制だと考えられます。
自分の実力が評価される場面が近づいてくると、誰しも不安や緊張をおぼえるものです。とりわけ実力に自信がないときは、その場から逃げ出したくなっても当然です。低いパフォーマンスしか示せなかったら、周囲からの評価は下落し、侮蔑、嘲笑され、なけなしのプライドさえもズタズタになってしまうかもしれないのですから(蛇足ながら私たちは、周りからよく見られたい虚栄心よりも、悪く見られたくない防衛心のほうが強いという心理学の調査研究があったりもします)。
でも、だからといってその場から本当に逃げ出してしまうと、周囲からの評価を一層下げてしまいかねません。「あいつ、評価されるのが恐くて無断欠場しやがったのな」「ほんとチキンな奴だよ」てなことになって。
実力が評価される場面もダメ、逃げ出すのもダメ。ああ、一体すりゃいいんだよ!?
こんな葛藤から産まれた秘策が、冒頭に述べた「セルフハンディキャップ」です。つまり、自身のパフォーマンスを妨害するような理由をあらかじめ自らに設けておくことによって、いざ低いパフォーマンスしか示せなかったときに周囲からの評価を下げずに済み、さらにはこういった心の動きを自覚しないことによって、自尊心も傷つかずに済む。また、もし高いパフォーマンスを示すことができれば、妨害するような理由があったにもかかわらず成功したことになり、周囲からの評価や自尊心が一層割り増しされる。
前述の酒ばかり飲んでちっとも絵を描かない画家の場合、絵を描けない原因を自分の能力ではなく、アルコールのせいにすることで自尊心を守ろうとしているのです。大切な試合が近づくといつもケガをする陸上選手の場合、世界記録を出せない原因を自分の能力ではなく、ケガのせいにすることで自尊心を守ろうとしているのです。
ただ、このような自己欺瞞ばかり繰り返していると、次第にそれが常套化していきます。期末試験が近づくたびになぜか部屋が散らかって本格的に掃除をしなくてはいけなくなる、昇格評価面接が近づくたびになぜか雑務が立て込んで仕事のクオリティに悪影響をおよぼすようになる、等々……。
どんなチャレンジ場面に際しても努力することなく、自分にハンディを負わせることで乗り切る習慣が身についてしまうと、いつまでたっても実力が涵養されず、本当の評価も得られないまま月日が流れてしまうのです。
もちろん、ときにはセルフハンディキャップを使って、自分の心をうまく守ることも大切です。たとえば、積年の片想いの相手に勇気をふりしぼって告白しようという大舞台には、わざと鼻毛のひとつやふたつ切り忘れて臨んでみるのもいいでしょう。それで恋が成就しなければきっと鼻毛のせい、鼻毛さえなければOKだったはずと思えば、失恋のショックも多少は薄らぐかもしれません。もしも恋が成就したなら、それは鼻毛が伸びていたにもかかわらずの僥倖。いよいよ本物の愛に違いない! と存分に勘違いすればいいのですから。
ただし使いすぎにはご用心。そして何より大切なのは、そうやって現実から目を背けている自分をちゃんと自覚していることです。
ちなみにこのコラムがいつもつまらないのも、原稿を書き始めると決まってゴミ出しだとかシュレッダー整理だとか、別の仕事がどんどん入ってくるせいですので念のため。ゴミ出しとシュレッダー整理さえなければ、もっともっと興味深いコラムを書けるに違いないんですけどねえ。
あ、だからといって同僚の皆さん、私から雑務を奪わないでくださいね。ゴミ出しとシュレッダー整理の作業がないと、原稿がどうにもはかどらないもので……。
文責:臨床心理士・名倉