おうばく通信
おうばく心理室コラム
2012年3月 5日 (月)
【おうばく心理室コラム/2012年3月】カウンセリングルームの舞台裏
患者さんの口から、こんな言葉を聞くことがあります。
「スタッフの皆さんって、私たち患者がいないところで、私たちの悪口言ったりしてるんじゃないんですか~!?」
正直に申し上げると、ときには患者さんについての愚痴をこぼしてしまうこともあります。
カウンセラーを含め、どんな職種の医療従事者であれ人の子ですから、たとえ相手が患者さんであっても、ヒドい罵倒をされたり、こちらの話を全然聞いてくださらなかったりすると、腹のひとつやふたつ立つことはあります。それを直接相手に向けられなくて、同僚にぶつけることだってあります。私自身も周りの同僚も皆そうですから、きっと間違いありません。
こういったことを書くと、「やっぱりそうだったんだ!」「私たち患者をコケにしてるのね!」と被害的に受け取られそうで恐いのですが、これは決して否定的な意味合いで言っているのではありません。むしろ、患者さんのことを(愚痴も含めて)スタッフ間で言い合える環境のほうが治療のうえで大切だと考えているからなのです。
では逆に、患者さんの愚痴を決して言わないスタッフって、いったいどんな人間なのでしょうか? 患者さんからどんなひどいことを言われても、笑みを絶やさず過ごせるスタッフって、いったいどんな人間なのでしょうか?
おそらくふたつのタイプに大別されるのではないかと推察します。
ひとつめは「自己犠牲の天使」タイプです。医療従事者たるもの、患者さんからどんなヒドいことを言われても、自身がどんなつらい目に遭っても、たとえボロ雑巾のようになっても患者さんに奉仕するのが使命なんです! お給料だって本来はもらうべきではないんです!! …みたいなタイプと言いましょうか。
こういうタイプのスタッフは、疲れや怒りを感じてもそれを押し殺して献身的にがんばりますし、当初は患者さんから感謝感激されることでしょう。
ただ、こういった熱意や意気込みがすべて患者さんのためかと言えばそうではなく、次第に患者さんへのコントロール欲求へと形を変えていったり(「私がこれだけ身を挺して奉仕しているんだから早く治りなさいよ! 」的な発想)、それが叶わないと今度はスタッフ自身が燃え尽きて倒れたり、患者さんを放り投げてしまったりする場合が多々あります。
また場合によっては、「これだけ自己犠牲している自分」に酔いしれているだけという、歪んだ自己愛や自己憐憫が背後にひそんでいるかもしれません。
もちろん、このタイプの医療従事者がすべてそうだというわけではなく、本当に天使みたいな人もいらっしゃるのかもしれませんが……。
ふたつめは「ビジネスライクな割り切り」タイプです。医療従事者つったってしょせんは自分が生活するために働いてるだけの話、患者さんからなに言われようがテキトーに笑顔でハイハイ答えときゃいいんだよ、…みたいなタイプと言いましょうか。
こういうタイプのスタッフは、患者さん=異世界のお客さんと割り切って接していますから、関わり合いのなかで喜怒哀楽の感情が生じない冷淡さゆえ、患者さんへの悪口が出てこないのです。
ただ、こういった構えが患者さんに対して不誠実極まりないことは自明ですし、知識としての治療スキルをいくら会得していても、自身の生きた感情との連続性が完全に分断された関係性の中からは、治療的な関わりなど生まれてこないと断言してもいいでしょう。
こうなるともはや不気味な印象すらありますが、このような極端で画一的な構えも実は、スタッフ側の稚拙で原始的な防衛機制に過ぎません。
私たちの職場(宇治おうばく病院&栄仁会カウンセリングセンター)は幸いにも、他職種からなる数多くの同僚と一緒に仕事をしている環境にありますから、患者さんのことをプラス面もマイナス面も含めてスタッフ間で相談し合える環境が整っています。これらは私たちの強みのひとつだと思っています。
しんどいことがあっても相談できる同僚もなく、ひとりで溜めこんだ末にバーンアウトしてしまうほうが、結果として患者さんに大きなダメージを与えることでしょう。また、愚痴っているうちに、「さすがにちょっと言い過ぎたかな」「自分のほうにも未熟さがあったかもしれないな」と反省することもありますし、同僚から客観的なアドバイスをもらえることもあります。「さっきの患者さん、私がなにを提案しても全然耳を貸してくれないんですよ!」と愚痴っていたら、「それって提案の仕方がよくなかったんとちがう?」などと言ってもらえたり。
もちろん愚痴ばかりでなく、患者さんの良いところもたくさん話しています。「あれだけしんどそうだった○○さんが、こんなに元気になったんですよ!」といった報告は、するほうもされるほうも大変嬉しいものです。
ただ、スタッフが裏でどんな愚痴を言っているかは、できれば訊かないでやってくださいませ。舞台裏は見えないところにあるからこそ舞台裏なのですので…。
文責:臨床心理士・名倉