おうばく通信
おうばく心理室コラム
2011年12月 5日 (月)
【おうばく心理室コラム/2011年12月】危機待ちGUY
言い間違いや聞き間違いにはすべて意味があるという考えかたがあります。もともとは精神分析学に基づくもので、無意識的な精神力動がそこに投影されるというわけです。
私自身は学生時代を通じて行動理論や認知理論に基づく心理学を学んできたので、正直なところ精神分析学には疎いのですが、それでも言い間違いや聞き間違いをしたときには、学んできた理論からその理由を考えることがあります。
個人的なエピソードで恐縮ですが、学生時代に調理助手のアルバイトしていたとき、コックさんとこんな会話を交わしたことがありました。
コック:「名倉くん、オレのシガレット取ってくれる?」
私:「えーと、ちょっと見当たらないんですけど。どこですか?」
コック:「どっか置いたるやろ」
私:「置いてないですねえ。よかったら買ってきましょか?」
コック:「買って済む話とちゃうやろ!」
私:「す、すみません! 探しますっ! どんなタバコでしたっけ?」
コック:「タバコ!? 馬鹿にしとんのか? おろし金や、おろし金!!」
私:「え……」
「おろしがね取って」を「オレノシガレット取って」と聞き違えてしまい、そのせいで全くかみ合わないやりとりになってしまったという次第です。
どうしてこんな聞き違えをしてしまったかと考えてみると、まず、当のコックさんというのが喫煙者だったうえ、タバコのことをシガレットと表現してもそれほど違和感のないちょっとキザな人物だったというのがあります。
それにしてもひどい聞き違えであることに変わりはありません。厨房で調理をしている真っ最中であるというコックさんの状況を考慮すれば、突然「シガレット取って」などと口走る可能性は極めて低いわけですが、そういう状況的要因よりも「オレノシガレット」という言語的要因のほうを優先させてしまった結果、会話のミスリーディングが生じたわけです。調理中におろし金を取ってほしいと頼んだらタバコを買ってこられそうになったコックさんも呆気にとられたでしょうけれど。
聞き違えではありませんが、これとよく似たエピソードとして思い出すのは、同僚Xさん(仮名)の外国人とのやりとりです。
ある日Xさんが京都の出町柳界隈を歩いていたら、観光客らしき外国人青年から英語で話しかけられたのでした。喋っている内容は正確には聞き取れないものの、どうやら“Imperial Household Agency”なる場所に行きたいらしい。
これを聞いたXさんは「ピン!」と来たのでした。
1.ハウスホールドは家を守るという意味の英語だろう。
2.ちょうど近くに家政婦紹介所がある。
3.彼が探しているHousehold Agencyはこれだ!!
そしてアイシーアイシーと家政婦紹介所まで案内したところ、相手はキョトンとしたまましばらく立ちつくした後、”OK, OK”言いつつ来た道を戻っていったそうです。
ちなみに Imperial Household Agency は宮内庁事務所(京都御所)のことだったのですが、たとえ英語を知らなくても、「観光客らしき外国人青年が家政婦紹介所に行きたがっている」可能性がほぼゼロであることは、普通に考えたら分かりそうなものです。しかしXさんは、そのような状況要因よりも、「ハウスホールド=家政婦」という言語的要因を優先させてしまった結果、会話のミスリーディングが生じたわけです。御所への行きかたを尋ねたら家政婦紹介所に連れて行かれた外国人青年も唖然としたでしょうけれど。
Xさんの場合、突然英語で話しかけられて頭がいっぱいになったことが早とちりの誘引になったのかもしれませんが、聞き違えや勘違いの背景には、それ以外にもさまざまな状態的要因、特性的要因が存在すると考えられます。
状態的要因としてはたとえば、そのときの精神状態による認知バイアスが挙げられます。たとえば「しぼう」というコトバを聞いたとき、前向きな人は「志望」を連想しやすく、気分が沈んでいる人は「死亡」を連想しやすいというわけです(体重を気にしている人は「脂肪」を連想しやすいかもしれません)。欧米の研究では実際、このような実験結果が示されています。
特性的要因としてはたとえば、アスペルガー障害などの発達障害が挙げられます。発達障害の患者さんは文脈的な「状況要因」を読み取るのが不得手な場合が多いため、どうしても「言語的要因」に偏重しやすくなります。先に紹介した「オレのシガレット」や「家政婦紹介所」のエピソードもこのような要素を若干含んでいますが、アスペルガー障害の患者さんの場合、それ以上にコトバを字義通りに読んでしまう傾向があるようで、「トイレットペーパー以外は流さないでください」と書かれたトイレで字義通り「トイレットペーパー以外は何も流せないんだ! ウンチも流せないんだ!!」と解釈して、パニックに陥るかたもいらっしゃるそうです。
皆さんは今までにどんな聞き違えをしたことがありますか? どうしてそんな聞き違えをしたのかに思いをはせてみると、ひょっとすると自分自身の傾向を理解する一助になるかもしれません。
文責:臨床心理士・名倉