おうばく通信
おうばく心理室コラム
2011年9月 2日 (金)
【おうばく心理室コラム/2011年9月】「トイレ風味のヨーグルト」
個人的な話で恐縮ですが、数年前、トイレ風味のヨーグルトを食べて思わず吐きそうになったことがあります。
といっても、こんなマニアックな商品が実際に販売されているわけではありませんし、そもそも「トイレの味」がどういうものかも知りません(もし知っているとしたら……ちょっとマズい感じですね。笑)。そうであるにもかかわらず、ヨーグルトを口にした瞬間、反射的に「トイレの風味!」と感じたのです。
で、いったいどういうことかと自分なりに考察してみた結果、次のような結論にたどり着きました。
1.当時の職場で常用されていたトイレ芳香剤がシトラスの香りだった
2.件のヨーグルトも同じくシトラス風味だった
3.いずれも同じ匂いである結果、ヨーグルトがトイレの風味に感じられた
なーんだ、それだけの話かとお思いかもしれませんが、これは考えてみると恐ろしい事態です。
というのも、たとえばトイレ芳香剤に紅茶の香りが多用されたら、どうなるでしょうか?紅茶はいずれ「トイレ風味のお茶」になってしまい、そうなったら紅茶は次第に消費者から敬遠されて売り上げも下落の一途をたどることでしょう。トイレ芳香剤メーカーが「今度、紅茶の香りの新製品を出す予定なんですがね……」と脅かせば、全国の紅茶業界は一致団結、裏金を支払ってでも新製品の発売を阻止するより他ないのです。
このままでは世の中、トイレ芳香剤メーカーの言いなりです。このような横暴が許されていいのでしょうか? それとも人類はいずれ、トイレ芳香剤メーカーに支配されてしまうのでしょうか!?
……とまァ、くだらないことを冗談まじりに書いてしまいましたが、トイレとヨーグルトが結びついてしまうこういった現象は、心理学の分野では「条件付け」と呼ばれています。
パブロフの犬の場合、ベルが鳴るとエサがもらえるという繰り返しの結果、ベルが鳴るだけでエサを連想してヨダレを垂らすようになりました。私の場合、シトラスの香りが漂うところにトイレがあるという繰り返しの結果、シトラスの香りを嗅ぐだけで尾篭な感覚におちいるようになりました。そんな条件付けが形成されたうえで、シトラスの香りの食品を食べさせられたわけですから、たまったものではありません。
余談ながら(そもそもこのコラム全部が余談みたいなものですが、それはさておき)、本屋さんに行くと便意を催す人が多いのは何故か? という世間の疑問に対するひとつの仮説として、「条件付け」理論からの説明がなされています。つまり、いつもトイレで本を読みながら力んでいる人は、「本=大きいほうの用足し」という条件付けが形成される結果、本屋さんで数多くの書籍を見ると反射的に「辛抱たまらなく」なってしまうのだと。
この仮説が本当なのかどうかは分かりませんが閑話休題として、我々の思考や行動を規定する根幹的な要因のひとつに「条件付け」があることは間違いなさそうです。そしてこの法則は、行動療法と呼ばれる治療法として、精神療法やカウンセリングの分野にも幅広く応用されています。
行動療法も導入された当初は、「まったく動こうとしない入院中の患者さんに対して、ちょっとでも動いたらキャンディーを与え続けた結果、少しずつ動いてくださるようになったと」いう極めて原始的なものでしたが、その後も適応的な条件付けに関する研究が進められ、現在では強迫性障害やパニック障害に対する有力な治療法のひとつとして地位を確立するまでになりました。
行動療法の詳細については紙面の都合上割愛しますが、ひとつだけ申し添えるなら、われわれ人間はキャンディーのような外的報酬によってのみ条件付けられるわけではありません。自分自身の変化や成長といった内的報酬によっても条件付けられる力を持っているからこそ、適応的な思考や行動を「自らの力で」伸ばしていけるのです。
……てなことを、トイレの中でふと思い出した本日。お目汚し失礼いたしました。
文責:臨床心理士・名倉