おうばく通信
おうばく心理室コラム
2011年8月 5日 (金)
【おうばく心理室コラム/2011年8月】「精神科疾患への偏見とマスメディア」
先日、日本うつ病学会の総会に参加してきました。
うつ病治療に関するさまざまな新しい知見を得られて興味深かったのですが、それはさておき。治療とは別分野で印象に残ったのは、「うつ病に関する報道とジャーナリズム」と題する学会シンポジウムでした。
うつ病に対するマスメディアの姿勢にはムラがあって、数年前までは「うつは心の風邪」「決して励まさないで!」といった世間の理解をうながす論調が目立っていたのが、1~2年前からは「薬物偏重の精神科治療は間違っている!」「怠け病のような新型うつ病が増えている!」といった批判的な論調が目立つようになってきた。こういった指摘には妥当な部分もあるけれど、ややもすると建設的な具体策がないまま極端な批評だけが一人歩きしてしまう危険性がある、…というのがひとつのテーマとして挙げられました。
また、こんなテーマもありました。うつ病を含む精神科疾患への偏見はマスメディア界にも根強く残っていて、たとえば犯罪の容疑者に精神科通院歴があるとなぜかそれが報道される風習がある。しかしこれは考えてみるとおかしな話で、だったら内科や歯科の通院歴も報道しなさいよ! というわけです。
これらのテーマの背景に共通するのは、「精神科疾患は数値や外見に表れるわけでもなく、よく分からないから、なるべく分かりやすい形で納得したい」という世間の感覚であるように思います。だからこそ、精神科疾患を「脳科学」の観点から明快に解き明かした理論が大きな注目を浴びたり、それが物議を醸したりすることが絶えないのでしょう。
そういや数年前、某心理学会の場で「うつ病や統合失調症などの精神疾患を判定できる血液中の成分を発見、血液検査に基づく判定法を確立した」「これで問診や行動観察が主流だった精神科診療に、客観的な数値指標を取り入れることができる」といった内容の発表が行われ、マスメディアに大きく取り上げられたことがありました。
なんでも「うつ病の正診率は95%、統合失調症は96%に達した」とのことで、これだけ見るとすごい発見です。手練のベテラン精神科医でさえも確定診断に迷うケースが数多くある精神疾患が、血液検査だけで瞬時に判定されてしまうのですから。
ただ、この場合の「正診率」とは何かを考えてみると、おかしな自己撞着にたどり着きます。というのも、正しい判定をしているかどうかは医師による診断結果(おそらくはDSMやICDなど現行の精神科診断マニュアル)に依拠しているはずです。このマニュアルによる診断方式には大きな問題があり、つまるところ症状チェックリストによって診断が下されるため、脳内分泌の問題でうつになっている人も、責任感が強く仕事に頑張りすぎてうつになっている人も、失恋でうつになっている人も、十把ひとからげに「うつ病」という括りになってしまうのです。
これが一体なにを意味しているか?
精神疾患を判定できる血液成分が見つかったという報道には、誰もが絶対的な判定をくだせない事柄を、別の指標で「判定」できてしまうという矛盾を感じるのです。例えて言えば、「性格の良し悪しが血液検査で判別できるようになりました!」みたいなもので、じゃあ性格の良し悪しって一体だれが決めてるんだよ!? と。
誤解のないよう付け加えると、こういった基礎研究を否定するつもりは全くありません。上述の研究発表にしても、少なくとも「医師による診断結果と相関関係にある血中物質が特定された」という意義はあるはずです。ただ、その成果がマスメディアによって過大に取り上げられ、誤った認識が世間に広まる結果につながることには危惧を抱きます。
偏った情報やおかしな話がいかにも真実であるかのように報道されるのがマスコミです。マスコミ報道のすべてが偏っているわけではないとしても、番組製作の際に「編集」という過程が介在する以上、そこに何らかのバイアスが入り込むのは避けられません。
正しい情報を過不足なく伝えながら、精神科疾患への偏見をなくしていく。そのためにはマスコミ関係者自身が意識改革するだけでなく、われわれ医療関係者も正しい情報を積極的に発信していかなければならないと感じています。そして自分が情報の消費者である視聴者の立場にあるときには、できるだけ幅広いソースから多面的に情報を入手する姿勢を持ち続けたいと思う今日この頃です。
文責:宇治おうばく病院 臨床心理士・名倉