おうばく通信
おうばく心理室コラム
2019年12月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2019年12月】「認知療法と行動療法の使い分け」
うつ病をはじめとして、さまざまな精神的不適応に広く用いられている心理療法のひとつ「認知行動療法」。近年ではこの呼称が一般的となっていますが、もともとは「認知療法」と「行動療法」という別の療法でした。
おおまかにいうと、否定的なほうに偏り過ぎている考え方を現実的にしていくことで症状の改善を目指すのが「認知療法」で、適応的でない行動を適応的な行動にしていくことで症状の改善を目指すのが「行動療法」です。この両方を取り入れて、考え方と行動のいずれをも改善の対象としていくのが「認知行動療法」で、近年ではこれが主流となってきているのです(厳密には英国と米国それぞれに別の流派が存在し、両者が統合されるプロセスの中で認知行動療法が形作られていくのですが、詳細は割愛して話を進めます)。
認知療法と行動療法とを行き来しながら「いいところ取り」ができる点は大きなメリットです。しかし一方で、二つの療法の理論的な違いや適応対象についての理解があいまいなまま、「認知も行動もなんとなく一緒にして扱う」スタンスになってしまうデメリットもあります。とりわけ初学者にとっては、治療の中でいま何を扱っているのかが不明瞭になってしまうことのデメリットは大きいように感じます(自分もそうでしたので……)。
そこで今回は、厳密で教科書的なことは棚に上げつつ(このあたりをあまり突っ込まれると苦しいのもありますが。笑)、実際に現場で感じていることを中心に、二つの療法の使い分けについて書いてみたいと思います。
まず、理論的な違いについて簡単に述べると、認知療法は「情報処理モデル」に基づいているのに対して、行動療法は「条件付けモデル」に基づいています。前者の「情報処理モデル」は、さまざまな情報を個人がどう受け取ってどう解釈するかに焦点を当てて、そこにある歪みを修正することが治療につながるという考え方です。後者の「条件付けモデル」は、さまざまな問題に対して個人が身につけた誤った対処行動に焦点を当てて、その行動を修正することが治療につながるという考え方です。
次に、適応対象について簡単に述べると、認知療法はうつ病への治療から始まったもので、その後、パニック障害や不安障害、摂食障害といった疾患にも適応が広がっています。行動療法はもともと特定の疾患を想定したものではなく、神経症を含めた不適応行動全般を対象としていましたが、その後、とりわけ高い効果が報告されている強迫性障害への適応が中心となっています。技法を選択する際は、このような一般的な適応対象も考慮します。
ただ、冒頭で申し上げたように両者は統合されながら、ここから派生した「行動活性化療法」や、さらには「アサーショントレーニング」や「問題解決療法」「マインドフルネス」といった他の理論的技法も取り入れながら、認知行動療法は発展してきているのです。
ここで最も大切なのは、フォーミュレーション(分析と見立て)だと考えています。たとえば、「気分の落ち込みがひどくて仕事も日常生活も手につかない」という悩みで来談された方の場合、その気分の落ち込みがどのような連鎖で生じて続いているのかをはじめに解明していきます。原因が「非現実的な考えすぎ」にある場合は認知療法を選択し、考えかたを現実的にしていくための話し合いと練習を行います。一方、原因が「非効果的な対処行動」にある場合は行動療法を選択し、場合によっては問題解決療法も援用しながら、解決につながる行動の模索と実行の支援を行います。これ以外に、原因が「行動の停滞や引きこもり」にある場合は行動活性化療法を、原因が「対人関係の不得手」にある場合はアサーショントレーニングをといった具合に、背景要因が何かによって技法を選択します。
それと同時に、「症状によって阻害されていることは何なのか?」を念頭に置いて、これらを取り戻していくために有効な手段を常に模索するよう心がけます。
また、原因はひとつであるとは限らず、むしろ多くの場合いくつもの要因が複合しています。ここで着目するのは、「いくつもある要因の中で、変えやすい部分はどこか?」です。同じ不適応に陥る連鎖においても、断ち切りにくい部分もあれば、断ち切りやすい部分もあります。ここで介入を行う場合、まずは断ち切りやすい部分に狙いをつけるのが定石です。考え方の幅を広げることからが着手しやすそうであれば認知療法、行動のバリエーションを広げることからが着手しやすそうであれば行動療法、という具合に技法を選択する側面もあります。
さらに少し専門的になりますが、たとえば一口に強迫性障害といってもさまざまなタイプがあり、強迫的な認知や思考が強いタイプ(例:ばい菌が怖いから何度も手を洗う)には同じ行動療法でも暴露反応妨害法の効果が高い一方、強迫的な感覚や運動が強いタイプ(例:スッキリ感が得られて納得できるまで何度も手を洗う)にはスケジューリングやプロンプティングの効果が高いといった報告があります。こういった知見も技法を選ぶ際の参考としています。
…というわけで今回は、一般の方々には取っつきにくい一方、専門家の方々には知っていて当たり前であろう内容で、いったい何のために書いているのか我ながらよく分からないコラムとなってしまいましたが(強いて言うなら自分のための整理、かもしれません)、心理カウンセリングでどのようなことをやっているのかの一端をご存じいただく機会になれば幸いに存じます。
末筆ながら、年の瀬も迫ってきております。今年一年間、毒にも薬にもならないしんきくさい文面にお付き合いいただき誠にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
文責:臨床心理士・名倉