おうばく通信
おうばく心理室コラム
2016年5月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2016年5月】「コラージュ療法」という技法
「コラージュ療法」という技法をご存知でしょうか? 芸術関係に明るい方はピカソやブラックらによる現代芸術の数々を連想されるかもしれません。
コラージュはもともと「貼り付ける」という意味のフランス語で、接着剤としても使われる膠(にかわ)に語源があります。それが証拠に、原語の”Collage”の末尾に”-n”を付けて名詞形にするとコラーゲンとなります。動物の骨などを炊いて抽出したコラーゲン(=膠)を糊として用いる文化が欧米にはあって(日本はお米などのデンプンを糊とする文化ですが)、そのため「コラージュ=貼り付ける」という意味で言語が成立してきたのです。
現代芸術のコラージュは、それまで絵具で描画するだけだったキャンバス地に、貝殻や針金、木片、写真などを「貼り付け」て完成させます。この手法を心理療法の分野に取り入れたのが、芸術療法・表現療法のひとつである「コラージュ療法」というわけです。
そもそもは精神分析の考え方がベースとなっていますが、私たちの表現物には意識的・無意識的のいずれをも含むさまざまな要素が含まれます。ある人が描いた絵や詩、あるいは奏でた音楽などなど……。これを応用し、臨床場面で患者さんに種々の表現をしていただくことによって、そこに含まれる意識的・無意識的なものを汲み取ろうとすると同時に、表現すること自体が持つ浄化的な治療効果にも注目したのです。
当初それは、フリードローイング(自由描画)などあまり枠組みのない表現方法をとっていました。たとえば「あなた自身をこの絵具とキャンバスで好きなように表現してください」と言うわけですが、これって絵を描き慣れている人たちはいいとしても、絵などふだん描かない私たちにとっては相当ハードルが高いのではないでしょうか? 何をどう描けばいいのか分からず、戸惑うばかりで筆が進まない……これではちっとも「フリー「(自由)」ではありません。
そこで参考にされたのがレディメイド(=既製品)という手法です。これも元来は現代芸術の分野で登場した考え方で、マルセル・デュシャンによる作品『泉』(何の変哲もない便器に”R.MUTT”とサインして展示したもの)が有名ですが、既製品の中から自由に何かを選んで作品とする手法はその後のポップアート~アンディ・ウォーホルの『キャンベル缶』など~にも多大な影響を与えたと言われています。
私たちが多くの中から「選ぶ」行為にも、意識的・無意識的のいずれをも含むさまざまな要素が含まれます。そして、自由に絵を描くフリードローイングよりも、既製品の中から何かを選ぶほうがハードルは低く、多くの人にとってむしろ自由な表現を可能ならしめるのだというわけです。
こうして生まれたのが箱庭療法やコラージュ療法など、レディメイドを利用した芸術療法・表現療法です。箱庭療法というのは、部屋に置かれた数多くのおもちゃの中から好きなものを選んで、それらを砂が敷きつめた箱の中でジオラマのように配置していく手法なので、ある程度広いスペースと道具一式が必要となります。一方、コラージュ療法というのは、多くの雑誌の中から好きな写真を切りぬいて台紙に張り付けていく手法なので、箱庭療法に比べるとスペースや道具をあまり必要とせず行える手軽さがあります(コラージュ療法が「持ち運べる箱庭」とも言われるゆえんです)。
私たちが何かを洞察したり表現したりするとき、普段は「言語」を用います。たとえばAさんという人を紹介するとき、「Aさんは○○県出身で、××大学経済学部を卒業後、△△社の営業事務として8年勤続され~」というのが言語的な説明です。
このような情報ももちろん大切ですが、言葉だけでは表現しきれない部分もたくさん存在します。たとえば「Aさんって動物に例えるとオコジョっぽいんです!」といった説明は、言語的というよりは非言語的なイメージによる表現ですが、いくら言葉で説明しても伝わりにくいその人の微妙なニュアンスや特徴が、端的に表現されることも多いのではないでしょうか? 私たちの無意識を含めた心の機微はこのように、非言語的なイメージの中に現れることが多いのです。
コラージュ療法もまさしく、非言語的なイメージによる表現です。方法は極めて簡単、
[用意するもの]雑誌(写真入り)の山、ハサミ、糊、台紙(A4紙でOK)
[実施方法]雑誌の写真の中から、心ひかれるもの、なにかに引っかかるものを切り抜き、何枚か集めて台紙の上で構成する。自分の思うような構成ができたら、糊付けして完成! できれば完成後、作品名もつけてみましょう。
こうして完成したコラージュ作品には、きっとさまざまな心の機微が含まれているはずです。それらを眺めてみることで、自分の内面を改めて客観視する機会にもなりますし、「どうして自分はこの写真が気になったんだろう…」と思索してみるのも、自己洞察を深める一助になるかもしれません。
日常生活ではどうしても言語による表現に偏重しがちな私たちだけに、ときにはコラージュなどイメージによる表現を通じて、普段あまり使わない脳のチャンネルを賦活してみるのも良いのではないでしょうか?
実施方法は上記のとおり非常に簡単なので、ご自身だけでもやっていただけますし、当カウンセリングセンターでもご要望に応じてコラージュも実施可能です。ご興味を持たれたかたは是非、お試しになってみてください。
文責:臨床心理士・名倉