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特集/「認知症ケア」の最前線(2019/02)
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認知症をめぐる「時代の潮目」が変わった
Q.日本における認知症高齢者は、2025年には700万人を超え、「高齢者5人に1人が認知症」の時代がくると推計されています。そのことをふまえ、政府も国を挙げて認知症対策に取り組み始めています。宇治おうばく病院は「認知症治療病棟」を有するなど、先駆的に取り組んできました。認知症が大きくクローズアップされているいま、以前と比べて「時代の変化」は感じますか?
樋川 私が宇治おうばく病院に入職したのは21年前の97年で、当時はまだ介護保険制度が始まる前でした。そのころから認知症治療に携わってきたのですから、当然、時代の変化は感じますよ。
たとえば、私は20年前から保健所の嘱託医をしていますが、当時は保健所に認知症について相談に訪れる人が少なくありませんでした。ほかに相談できる機関がなかったからです。いまなら「地域包括支援センター」(高齢者の暮らしを地域でサポートする拠点)がありますからセンターに相談に行けばいいわけですが……。
また、当時は一般病院が認知症の患者を受け入れること自体、ほとんどありませんでした。たとえば、骨折した患者が認知症であったら、一般病院では骨折の入院治療すらしてくれなかったものです。
羽鳥 いまは、昔に比べれば格段に、一般病院も認知症患者を受け入れてくれるようになりましたね。認知症の鑑別診断(他疾患ではなく認知症であると鑑別する診断)も一般病院でできるようになってきましたし……。
認知症かな?」と思ったら、早めの受診を
Q.「認知症は治らない病気だ」とよく言われますが…。
樋川 治るケースもないわけではないですが、基本的には「治らない病気」と考えていいでしょう。
認知症患者に処方されている「抗認知症薬」は、日本の場合、いま4種類あります。いずれも「認知機能の低下を遅らせる薬」で、根治薬ではありません。抗認知症薬については、我々精神科医だけではなく、内科の開業医の方なども普通に処方しています。
ただ、認知症の場合、記憶力の低下などの「中核症状」以外にも、付随して起きる「周辺症状(BPSD)」がいろいろあります。暴言や暴力、徘徊、幻覚、不眠、もの取られ妄想などですね、生活に支障をきたし、家族を苦しめるのは、むしろ周辺症状のほうです。なので、我々精神科医は、周辺症状を抑える薬も処方します。「向精神薬」と呼ばれる、幻覚・妄想を抑えたり、不安を軽減したりする薬ですね。
Q.認知症の根治はいまのところできないにせよ、早めに治療を始めることが重要になりますね。
樋川 そうですね。進行を遅らせる薬があるわけですから、軽度のうちにその薬を飲み始めれば、軽度の状態が長くつづくと考えられます。
それに、認知症が軽いうちは、脳にいろんな刺激をたくさん受けるほど、脳機能の低下を遅らせることができます。刺激というのは毎日の散歩でもいいし、趣味でもなんでもいいのです。軽いうちなら、そういう刺激を意識的に増やすこともできます。しかし、認知症が進んでしまってからだと、意欲や集中力も低下して、自分で刺激を増やすこともできなくなります。その意味でも、症状が軽いうちに治療を始めることが望ましいのです。
「地域との連携」の中核となる
Q.宇治おうばく病院は、京都府南部における認知症医療の中核機関として、「認知症疾患医療センター」に指定されていますね。樋川先生はその「センター長」でもありますが、「認知症疾患医療センター」として地域で果たす役割について教えてください。
羽鳥 「認知症疾患医療センター」は都道府県知事が指定するもので、京都府では8つの医療機関が指定を受けています。各医療機関の「担当圏域」が決まっていて、その圏域内での連携を強化していくための「センター」ーー 中核機関という位置づけですね。
樋川 ちなみに、当院の担当圏域は京田辺市・宇治田原町・井手町・八幡市です。
羽鳥 当院の主な役割は、圏域内における認知症の鑑別診断を行うことや、認知症の「周辺症状」が重い方の入院対応を行うこと。あとは、地域の人々への認知症の普及啓発や、圏域内の行政の認知症への取り組みのサポートなどですね。昨年(2018年)の4月1日から、全国の各自治体で「認知症初期集中支援チーム」が立ち上がっています。そのチームに対する支援やアドバイスもセンターの役割です。
Q.堀井さんと羽鳥さんは院内の「地域医療連携室」の役職も持っておられますが、認知症医療においては、他の疾患以上に地域との連携が重要になるのですね?
堀井 そうですね。昔に比べて核家族が多いこともあって一人暮らしの方や、「老老介護」(=老人が老人を介護する)も増えています。そうした場合、認知症になってもすぐには受診できなくて、ご近所の方が医療者より先に気付いて当院に連絡してくださるケースもあるんですよ。「お隣さんが最近どうも様子がおかしくて心配なんや」というふうに……。そういう場合、当院から地域包括支援センターに連絡して様子を見に行ってもらいます。その結果必要があれば、そこから離れて暮らす子どもさんに連絡が行って、当院への受診につながる……そういうことが、わりとよくあります。
樋川 先ほど言ったとおり、昔に比べて一般病院が認知症の患者さんを診てくれるようになってきました。その分、当院が果たす役割も、普及啓発活動の方に軸足が移ってきています。患者さんが早めに受診してくれるようになるための一般向けの普及啓発と、一般病院の職員向けの認知症についての教育などですね。
堀井 樋川先生も、地域で開かれる認知症講座の講師をよくされています。そういう機会が増えることで、地域のみなさんにも、「認知症の兆候を感じたら、早めに病院に診てもらおう」という意識が高まっている印象があります。
羽鳥 当院には「もの忘れ外来」もありますので、まずはそこに来ていただければ……。
樋川 それから、京都府の看護協会が「認知症対応力向上研修」というものを行っているのですが、その研修で当院の「認知症看護認定看護師」が講師を務めたりもしています。
Q.なるほど。豊富な経験をふまえて、地域の「認知症対応力」を上げる手伝いをしているわけですね。
樋川 当院だけが教える側というわけではないですが、みんなで力を合わせた結果、一般病院の認知症対応力は上がってきていますね。そうしたなかで当院が果たす役割は、「ほかの一般病院では対応が難しいケース」に対応することでしょうか。
たとえば、重い周辺症状はなくて、抗認知症薬の処方で診療できる患者さんの場合、近隣の内科医でご対応いただけるわけです。そういうケースでは私からも、「近くのかかりつけ医に診てもらったほうが、寝たきりになった場合に往診もしてもらえるし、いいかもしれませんね」とおすすめします。
羽鳥 向精神薬の処方も必要なケースは、薬の調整も難しいし、一般病院では対応しきれないでしょう。そういうケースは当院が対応することが多いですね。
Q.基本的に「治る病気ではない」なか、認知症に対して果たすべき役割とは?
樋川 一つは、向精神薬を使った周辺症状の適切なコントロール。それが主たる役割でしょうね。あとは、「介護抵抗」が強くて(着替えやオムツ交換にも抵抗するなど介護ケアが困難な状態)、介護施設での受け入れが難しい患者さんが、うちの認知症治療病棟に入院している間に落ち着いて、施設に移るケースも多いです。それも当院の役割の一つですね。
「心を通わせる」認知症ケアこそ大切
Q.認知症治療について、宇治おうばく病院ならではの強みを挙げるとすれば?
樋川 第一に、身体合併(認知症の精神症状に加え、他の身体疾患も併発していること)のケースにきちんと対応できることですね。当院には内科医も多いし、「身体合併症病棟」もありますから。身体合併への対応は、精神科単科病院ではできないことです。
堀井 先ほど介護抵抗の話が出ましたが、認知症が進むと、医療行為全般も難しくなるんです。
樋川 たとえば、点滴一つするにも「何するんや!」と怒って針を引き抜いてしまうとかね。そういう難しい患者さんの場合、一般病院では対応できないので、当院に依頼されることが多いです。
堀井 そういう患者さんに対しても、上手に落ち着かせて医療行為を行う高いスキル(技術)を持った看護師・介護士が、当院には多いですね。それも大きな強みだと思います。
樋川 検査スタッフも、認知症の人に対する対応に慣れていますね。たとえばレントゲンを撮る場合でも、じっとしていられなくてレントゲンが撮れない場合が多いけど、うちのスタッフは多少の抵抗をされても上手になだめてなんとか撮りますからね。
羽鳥 認知症の方が外来で来られて、レントゲン撮影や採血をする場合、「ほかの病院ではできなかったのに、初めてできた」と家族の方が驚くことがありますね。
Q.認知症が重くなると、採血一つするのも大変なんですねえ。
堀井 採血という処置の意味理解ができなくなってしまうからです。理由もわからず腕に注射針を刺されるのはイヤでしょ?だから抵抗するわけです。でも、たとえ意味が理解できなくても、医療者と心が通い合えば、「この人の言うことなら聞いておこう」と思ってくれるものなんですよ。
うちのスタッフはみんな、お年寄りが好きで、認知症の方に対して出来ることは制限せず、できない事は要求しない、説得せずに納得してもらうという気持ちで接しています。相手を思いやるその気持ちは、認知症であっても相手にちゃんと伝わるものなんです。だからこそ、うちの認知症治療病棟に入院するだけで周辺症状が落ち着くこともよくあります。「家ではすごく大変だったのに、こちらに入院してから落ち着いて、いい表情をしています」と、ご家族に喜んでいただくことも多いんです。
心を通わせることが、認知症ケアでは大事なのですね。
ありがとうございました。
(取材・原稿)前原政之
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