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一人ひとりに時間をかける就労支援
Q. 「働きたい」という意欲のある精神障害をお持ちの方に、一般就労を目指した支援を提供するのが「ワークネットきょうと」ですね。まずは設立の経緯から教えてください。
金森 「ワークネットきょうと」は2010年に、併設施設である「生活訓練いろは」は13年に開設されました。
宇治おうばく病院ではそれ以前から、デイケア部門で就労支援を行っていました。ただ、精神障害者の就労には難しさがあって、利用者ごとに課題や希望が異なるうえ、仕事を続ける中で生じる人間関係や病状の変化といった仕事のスキルとは別の部分が、就労を継続していくうえでの課題になることが多いんです。しかし、デイケアの場合、就職後にスタッフが職場を訪問してアフターケアを行ったりすることが制度上できないので、就職してもすぐに辞めてしまうケースが多かったのです。そこに、職場体験実習後や就職後も就労に特化した形で職場での支援を行える制度ができて、総合的な就労支援の実施が利用者の方のニーズに沿った支援につながるとの結論の中で、「ワークネットきょうと」が作られました。精神障害者専門の就労移行支援事業所としては、京都府内で2ヶ所目にできた施設です。
Q.就労支援は、どのような手順で進められるのでしょうか?
金森 大きく分けると、基礎訓練・体験実習・求職活動・定着支援の4段階ですね。
基礎訓練では、あいさつ・身だしなみ・言葉遣い・「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」など、仕事をするうえで一番の基礎となる部分の習得を目標の一つにしています。そのほかにも、集団での作業ができるかどうかや、その中でのコミュニケーションスキルを高めることや、どの部分が利用者さんにとっての強みなのかを見極めること等を行います。生活リズムや病状の安定も最低限必要であると考えているので、整っていない方は基礎訓練の期間が長くなる傾向にあります。期間として短い方は2ヶ月程度で、長い方は1年程かかる方もいます。
それが終わると、さまざまな協力事業所で体験実習を行います。「就労できるだけの力がついた」とご本人と担当スタッフとの間で判断できたら、具体的な求職活動に入ります。就職までと就職後も、全面的に支援を行っていきます。
Q.「就労は難しいかな」と思えた人が、訓練を続けるなかで大きく変わって就労に至る例も多いのでしょうか?
北澤 そうですね。たとえば、何年も家にひきこもっていた方が、訓練の末に就労されるケースもあります。最初の面談の段階では、「ワークネットきょうと」への通所だけで精一杯という感じです。それがだんだん外出できるようになり、社交的になり、仕事に対しても意欲的になっていき、就職につながる。……つまり、希望する職場で就職し、自分がこうありたいと思う生活を営めるようになるということです。ひとつのリカバリーだと思っています。
金森 そうした利用者の方は、まず担当スタッフと信頼関係を作り、他者との交流を楽しめるようになることが、活動の幅を広げる大きなきっかけになります。
そしてそれは、「ワークネットきょうと」だからこそできることだと思います。というのも、ほかの就労支援施設に比べて、スタッフが個別の利用者一人ひとりと時間をかけて接することができる体制にあり、実際にそれを行っているからです。必要に応じて、3時間くらいかけて面談する場合もありますし、それができるだけのスタッフの配置を行っています。
Q.他の施設よりスタッフ体制が厚いということですか?
金森 ええ。いま、僕も含めてスタッフが8人います。利用者の定員14名に対してスタッフ8人というのは施設基準と比べて非常に手厚い体制です。その分だけきめ細かい支援ができます。
Q.利用期間は2年とのことですが、多くの利用者が2年以内に基礎訓練から就職に至っているのでしょうか?
金森 はい。当施設の利用者は、1年から1年半の間に就職に至る方が圧倒的に多くて、1年半を超えて通われる方は、割合としてかなり少ないです。そして、利用者の九割程度の方は就職されています。年間20人程度の方が新規利用者として入ってこられて、18人程度の方が就職されています。
企業開拓と長いアフターフォローが強み
Q.利用者の就職活動の支援として、「企業開拓」に力を入れているそうですね。
金森 はい。「ワークネットきょうと」では利用者の体験実習のためにさまざまな会社とおつきあいがありますが、それらの実習先と利用者の就職先は分けて考えています。就職は、利用者が希望する仕事に就くことが大前提なので……。
たとえば、利用者が「ホテルで働きたい」という希望を持っていたとしたら、障害者雇用が前提にはなりますが、ご本人の通える範囲内でホテルでの求人を探して、そこにスタッフが電話をし、採用担当者に会いに行きます。そして雇用前実習を提案し、その中で利用者に合った業務の切出しや雇用条件のすり合わせを行います。実習を行ったうえで双方の合意があれば、雇用へとつなげていきます。企業の方と利用者の方が雇用関係を長く継続できるために、業務内容や必要な配慮をこちらからも提案しながら、働きやすい職場環境を作っていきます。就職が決まった際の利用者の喜ぶ姿がこの仕事の醍醐味ですね。
Q.企業開拓は、各スタッフが担当する利用者のために行うのですか?
金森 基本はそうです。ただ、スタッフには作業療法士・臨床心理士・精神保健福祉士がいますが、こういったことをしないリハビリや福祉の専門職もいます。あまり得意でないスタッフも多いので、企業開拓を苦にしないスタッフが担当者に代わって行うケースもあります。
北澤 私は企業開拓がどうも苦手で(笑)。
金森 ともあれ、「どこでもいいから就職させる」というのではなく、利用者本人に合った職場を探すことが大切です。本人と合わない職場では、せっかく就職しても、あとでつらい思いをするのは本人なので……。
Q.就職後のアフターフォロー(定着支援)は、どのような形で行うのでしょう?
金森 「障害者職業センター」(各都道府県に設置された施設)の研修を受けて、「ジョブコーチ」(訪問型職場適応援助者)という資格を取ったスタッフが行います。利用者の就職後、そのスタッフが最初は週2回、多い人では週4回、職場を訪問して、業務面やコミュニケーション、病状や利用者の思いや疲労度等を見ながら、必要に応じて企業側と利用者側の双方にアドバイスしたり、両者間にズレがあれば調整を行ったりします。慣れてきたら、週に1回、2週に1回というふうに、除々に訪問頻度を下げていきます。
ジョブコーチが支援できる期間は約1年と決まっているのですが、「ワークネットきょうと」の場合にはそれ以後も、2ヶ月に1回とか、人によっては月1回くらいのペースで職場を訪問し、本人や現場の方の話を聞きます。そして、仕事上の不都合や病状の悪化などが起きていないかを確認し、もし起きていたら、その部分の調整を行います。ジョブコーチの支援期間が終結した後も必要であれば、訪問による支援を継続しています。
他の就労支援施設と比べた「ワークネットきょうと」の強みとして、スタッフ体制の厚さによるきめ細かいケアと、積極的な企業開拓、長いアフターフォロー、精神科における専門職の存在、の四つが挙げられると思います。
利用者と他者をつなぐ「いろは」の役割
Q.「ワークネットきょうと」と並行して、生活面で精神障害者の支援を行っているのが「訪問型生活訓練いろは」ですね。
金森 ええ。「ワークネットきょうと」の事業所の2階が「いろは」になっています。精神障害のある方が自宅や地域で自立した生活を送られるために、訪問と通所による支援を行う施設です。「いろは」の中心スタッフとして働いているのが北澤です。
北澤 「いろは」には私を含めて3人のスタッフがいます。日によって通所や訪問の担当は変更しますが、事業所にも通所担当スタッフが常駐し、ほかの2人が利用者のご自宅を訪問しています。訪問先では、じっくり話を聞いたり、相談に乗ったり、外出に同行したり、薬やお金の管理の練習をしたりします。
最初は訪問してもほとんど話すこともできなかった方が、訪問を重ねるうちに心を開いてご自分の話をしてくれることがあります。たくさん話をしてくれるようになったり、一緒にどこかに出かけられるようになったり、「いろは」に通えるようになったり……。
金森 「いろは」の強みは、訪問するスタッフが通所のスタッフも兼ねていることです。つまり、利用者は訪問を重ねる中で信頼関係を育めたスタッフがいる場所であれば、勇気を出して通所されるようになり、そこから他の人にも信頼関係を広げて利用者の方が望む生活を送っていけるよう、次のステップへと結びつけていきます。環境や人の変化に対して不安が強い方にとって、場所が変わっても関わる人が変わらないことがいろはの強みだと思います。
Q.「いろは」では、いろいろなイベントを行うそうですね。
北澤 はい。みんなでお菓子作りをしたり、小さな農園で野菜を作ったり、そこで収穫した野菜をお昼ごはんに使ってみんなで食べたり……。あとはクリスマスとか、お正月の餅つき大会など、いろんな季節のイベントを行います。
「いろは」の利用を必要としている精神障害を持つ利用者の方は、地域の人たちとのつながりが乏しいですし、みんなと一緒に楽しむこと自体が苦手な方も多いんです。「いろは」で行うイベントを通じて、そういうことに慣れていただくという意味で行っています。それも、通所される方々の意見を聞いて、利用者の方が希望されたことをします。生活訓練の場ではありますが、まずは生活を楽しんでいただけるように心がけています。
そうした訓練を経て、就労していくケースもあるわけですね。
北澤 そうですね。どの利用者の方も「いろは」を卒業された後は希望された活動の場所に移って行かれます。就労といっても就労継続支援A型およびB型、「ワークネットきょうと」のような就労移行支援事業所などさまざまです。中には卒業後も「いろは」に関わりたいという利用者もおられます。そういった方の中には、同じ病気を抱えるピアサポート・スタッフとして「いろは」で活動される方もいます。
精神障害者の方の就労は、単にお金を得ることだけが目的なのではなく、生き甲斐を得るという意味でも重要なのではないでしょうか?
金森 おっしゃるとおりです。働いていないことで社会に対して、強い負い目を感じてしまって、自己肯定感の低い方が多いのです。たとえば、「同窓会の誘いがあっても行けない」とおっしゃる方がいます。「同級生たちは勤め先でもそれなりの立場になっているのに、自分は何もやっていないから恥ずかしい」と……。就労することは、自己肯定感を高め、社会とのつながりを持つためにも重要だと思います。
北澤 就職できて仕事がうまくいくと、それまでとは表情もまったく違って、いきいきとされます。私が担当したある女性は、就職が決まったあとに恋人とも順調に交際され、結婚に至って……と、人生すべてがいい方向に変わっていきました。
その意味で、「ワークネットきょうと」も「いろは」も、利用者に生き甲斐を感じさせるという意義深い役割を果たされているのですね。
ありがとうございました。
(取材・原稿)前原政之
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