おうばく通信
おうばく心理室コラム
2019年5月 5日 (日)
【おうばく心理室コラム/2019年5月】「病院で働く心理職の苦労って何ですか?」
新学期の前後は、心理学の学生さんが実習に来られる機会が多くなります。
当院ではすでに複数の大学から心理の学生さんの実習を受け入れていて、これ以上の受け入れは難しい状態ではあるのですが、毎年さまざまな実習生さん達と接するのは私たちにとって新鮮な刺激にもなっています。
そんな中、実習生さんからの質問で多いのが、「病院で働く心理職の苦労って何ですか?」というものです。もし自分が心理職として病院に就職したら一体どんな大変さが待ち受けているのだろう? という興味と不安がそれだけ大きいのでしょう。
今までは訊かれるたびにアドリブで毎回違うことを答えていましたが(笑)、これを機に自分なりに整理してみたいと思います。
◆「心理職は偉い」という勘違い
臨床心理士の資格を取るには大学院を修了する必要があります。ここで注意しなければならないのは、「大学院を出ている自分=専門学校卒や大学卒よりも上」という思い上がりです。
学部(大学)の勉強だけでは不十分だからこそ、大学院に進んでの勉強や実習が義務づけられているわけなので、大学院教育が無駄だと言うつもりは全くありません。ただ、「大学院卒=高学歴で偉い」という認識は実状と大きくズレています。なぜなら、当人が大学院で学んでいる数年間、周りの人たちは職場という最前線で社会経験を積んで日々成長しているからです。大学院を出ていても、「大学を出てからの数年間を院で過ごしていた分、社会的成長の点では周りの人たちから遅れを取っている」と自分を客観視すべきです。
病院の現場でも実際に、こういう勘違いをしている心理職は周囲から「お勉強はできても未熟で社会性がない」「プライドは高いくせに使えない」と、冷ややかな目で敬遠されてしまいます。
資格がモノをいう医療現場では、今まで国家資格が存在しなかった心理職の立場は決して高くありません。診療報酬を多く取れる職種ほど収益的に「偉い」というモノサシで測ると、単独では診療報酬を取れない心理職は赤字部門となりがちだからです。
医師の指示があれば、心理職が心理検査を補助(実際には実施)することで診療報酬を得ることはできます。ただし、代表的な心理検査であるWAIS(知能検査)を例にすると、実施して病院側が得られる診療報酬は4500円程度ですが、実施に2時間、処理&所見作成に1時間の計3時間が要されると、そのまま時給換算しても1500円相当ですし、実際には検査道具代(WAIS一式で10万円以上します)や検査実施時の場所代、光熱費、会計処理の事務職員の人件費などもかかってくるので、心理職の時給を1000円に下げても収益が出るかどうか怪しいものです。
もちろん、医療現場は収益性だけで成り立っているわけではありません。心理検査やカウンセリングのクオリティを高めることが病院全体の医療レベルを引き上げ、それが間接的に収益の向上に貢献するという構図はあるでしょうし、心理職として自身のスキルについて正当な責任感とプライドを持つことは必要不可欠です。ただ、その一方で「自力で稼げないくせに大きな顔をするな」という目があり得ることも自覚し、他職種のおかげで仕事ができているのだという謙虚さと感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思います。
◆多職種の中での連携が求められる
病院という職場は、総合病院であろうと精神科病院であろうと、さまざまな職種のスタッフによる「チーム医療」で成り立っています。医師を筆頭として、看護師、薬剤師、放射線技師、理学療法士、作業療法士、精神保健福祉士、臨床検査技師、管理栄養士、社会福祉士、介護福祉士、医療事務、営繕、清掃業者などなど……。
私たち心理職もなんら例外ではなく、常に他職種との連携が必要とされます。患者さんに関する情報共有はもちろんのこと、心理検査ひとつ行うにしても、ベッドから車いすへの移乗が必要であれば看護師さんや介護士さんにお願いしなければなりませんし、入院病棟での心理カウンセリングにしても、診察や作業療法など他の予定とバッティングしないよう配慮して実施しなければなりません。
とりわけ気を遣うのが主治医との連携です。病院には医師を指示系統のトップとするヒエラルキーがあり、院内では心理検査もカウンセリングも「主治医の指示のもと」行うことになります。そして時には、患者さんの治療方針について、主治医と心理職との間に意見の食い違いが起こる場もがあります。
たとえば、うつ病で長期休職している患者Aさんがいよいよ職場に復帰することになり、主治医は「復職に際しては薬物治療+個人カウンセリングでのサポートで十分だろう」と考えているのに対して、心理職は「休職期間の長さを考えるとリワーク施設への通所を経たうえでの復職が望ましい」と判断しているとします。
このような場合に、心理職が主治医の考えに同調するだけのイエスマンになってしまうと、患者Aさんの治療にとって不利益が生じる可能性があります。
かといって、心理職が主治医に対して「先生の考え方は間違っています! リワーク施設への通所を経ないと再発するに決まってます!」などという言い方をしてしまうと、主治医から「あのエラそうな心理職は何様のつもりだ!?」とヒンシュクを買い、以降は聞く耳すら持ってもらえなくなるかもしれません。
そこでたとえば、心理職から次のように提言します。「先生の治療の甲斐もあってAさんの状態はかなり安定してきたように感じていますので、そろそろリワーク施設への通所を検討してもいいのではと考えています。もちろん、このまま復職という選択肢もあると思いますし、一方で私の経験から申しますと、休職期間が長いAさんのようなケースではリワーク施設への通所によって再発リスクが一層下がるように感じているのも事実です。私としてはAさんにリワーク施設を勧めてみたい気持ちがあるのですが、先生のお考えはいかがでしょうか?」。すると主治医の先生も、「そういうことなら一度、勧めてみてください」という具合に納得してくださることが多いでしょう。
実習生さんの中には、心理職について「患者さんと一対一で向き合う」「心理検査の所見に一人で向き合う」という個人商店のようなイメージを持っている人もいますが、そうでないことを強調しておきたいと思います。そして、「モノは言いよう」といったコミュニケーション術は、主治医や他職種だけでなく、患者さんとの関係においても非常に重要なスキルです。
これら以外にも、薬剤名とその作用・副作用など他分野の基礎知識も求められること、病院内のさまざまな委員会活動など心理職に直接関係のない業務も担う必要があること(常勤の場合)等、入職した当時に苦労したことは種々ありますが、苦労と成長、やりがいは互いに表裏一体だとも感じています。これから病院での心理職を目指す方々にとって、少しでも参考になれば望外の幸いです。
…とエラそうに高説を垂れている私自身、まだまだ連携が不十分だったりすることも多く、今回書いたことを他山の石ならぬ自山の石として意識しつつ筆をおきたいと思います。
文責:臨床心理士・名倉