おうばく通信
おうばく心理室コラム
2018年9月 5日 (水)
【おうばく心理室コラム/2018年9月】「三人寄れば文殊の知恵、は本当?」
「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあります。
のっけから本題から逸れて恐縮なのですが、筆者は社会人になるまで、これを「三人が力を合わせれば一人のときよりも良いアイデアが出てくるものだ」という意味だと、若干の(でも大きな)勘違いをしていました。
なので、職場で上司や先輩が力を合わせて優れた仕事をしておられる姿を見て、「さすが三人寄れば文殊の知恵ですね!」とお声がけをしたりしていたのですが、このことわざの真意は「愚かな者も三人集まって相談すれば文殊菩薩のような良い知恵が出るものだ」というもので、後から大恥をかいたのでした。
……という筆者のどうでもいい個人的な話はさておき、本題に入ります。
「三人寄れば文殊の知恵」というのは、実際にそうなのか否か、どうなのでしょうか? 心理学の知見も紹介しながら考察してみます。
普通に考えると、自分だけでアレコレ悩んでいるよりも何人かで知恵を出しあったほうが、いろんな視点からのアイデアが出てきて良いように思います。昔から「下手の考え休むに似たり」と言われる通りで、よい知恵もないのにどれだけ考えたところで時間が経つばかりで何の進展もないのは、実生活でもしばしば経験することです。こういうときは一人で抱え込むよりも誰かに相談しながら対処したほうが、前向きで建設的な行動に移りやすいように思われます。
心理学では、このような傾向は「社会的促進」効果と言われます。たとえば同じ仕事を3人で行う場合、それぞれが別々に作業するよりも、3人で一緒に作業するほうが、質・量ともに優れたパフォーマンスを発揮するという現象です。
ブレーンストーミングという手法は、このような仮説に基づいています。商品開発などの際、社員ひとり一人が個別に考えるのではなく、何人かで顔を突き合わせて議論したほうが、より創造的な案が出てきやすいというわけです。
一方、ちょっと醒めた視点から考えると、みんなと一緒にやっていると、「しんどいところは他の人に任せて、自分は楽をしよう」という発想に陥りやすいようにも思います。残念ながら私たちは聖人君子ばかりではなく(もちろん私自信も含めて。笑)、自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう、という他力本願な甘えは心の中に常に存在します。そして、皆がこのような状態になれば、集団としてのパフォーマンスは下落してしまうでしょう。
心理学では、このような傾向は「社会的手抜き」効果と言われます。同じ仕事を3人で一緒に行うと、それぞれが個別に作業するよりも、質・量ともパフォーマンスが下がってしまうという現象です。
では、どのようなときに社会的促進が起こり、どのようなときに社会的手抜きが起こるのか? 結論から言うと、
・自信のある課題や単純な作業に取り組むときは、社会的促進が起こりやすい
・苦手意識のある課題や複雑な作業に取り組むときは、社会的手抜きが起こりやすい
ということになります。この理由については諸説ありますが、がんばることで自分の能力をアピールできそうな状況では皆がお互いに相乗作用で努力する一方、がんばっても自分の能力を発揮できず逆に恥をかきそうな状況ではお互いに手抜きするようになってしまうのだと思われます。
したがって、みんなが得意な業務もしくは単純な作業は、大勢で取り組む。みんなが不得手や業務もしくは複雑な作業は、個別に取り組む。これが能率アップの秘訣と言えそうです。
ただ、苦手意識のある課題や複雑な作業に取り組むときでも、社会的手抜きを抑えて、社会的促進を引き出すミラクルな手法があります。それは、対象者を限定して鼓舞するというテクニックです。
具体的には例えば、綱引き大会での応援で、「皆さんの中で、なにかスポーツを経験しておられる男性の方は、とくにがんばってください!!」という風にやります。すると、スポーツ経験者の男性たちは、自分に期待されているんだと張り切ったり、自分がやらなくちゃと責任感を抱いたりして、俄然がんばるようになるのです。
日常の業務においても、漠然と「みんなでがんばって案を出して欲しい!」などと鼓舞してもあまり意味がなく、むしろ社会的手抜きが生じてしまう可能性がありますが、まずは上半期に「入社10年以内の若手諸君のアイデアをとくに求めたい!」とやり、下半期には「女性社員の皆さんならではの発想をとくに期待したい!」とやると、対象者を限定することによる社会的促進が生じやすくなります。
さまざまなグループや集団で応用可能な心理テクニックですので、よければうまく用いていただけましたら幸いです(笑)。
文責:臨床心理士・名倉