おうばく通信
おうばく心理室コラム
2018年8月 5日 (日)
【おうばく心理室コラム/2018年8月】「風邪をひくのは気の緩み!? ~病は気からの科学」
「風邪なんかひくのは、気持ちがタルんでいるからだ!」
「気持ちがピンと張っていれば、風邪など退散するものだ!」
こんな風に言われたことはないでしょうか。言われてみると、たしかに一理あるような気もします。
仕事で気持ちが張っているときは、少々の風邪など吹き飛んで「気合」でがんばれていた。でも仕事が一段落した途端、気が抜けたせいか風邪がぶり返してしまった。
このような経験をお持ちの人は多いのではないでしょうか。
だからこそ表題のような考え方が広まっているのだと思われますが、精神神経免疫学の視点からすると大きなマチガイで、むしろ正反対の考え方に修正しなければいけません。
今回はこのあたりの、「病は気から」の科学について述べてみたいと思います。
まず抑えておきたいのは、気持ちが張っていると風邪が退散するような気がするのは、科学的にも正しいという事実です。このメカニズムは、
- 仕事や外敵などに直面して気持ちが張り詰めると、
- 自律神経が戦闘モードに切り替わって交感神経が優位になり、
- リンパ球(風邪ウイルスなどに抵抗する免疫)の活動は抑えられ、顆粒球(傷口から侵入する細菌などに抵抗する免疫)の活動は活発になる結果、
- 発熱や倦怠感といった免疫反応は低下し、表面上は一時的に症状が治ったように感じる。
という流れです。もう少し詳しく述べてみます。
私たちが持っている免疫システムは、原始人の時代とほとんど変わっていないと言われています。森の中でクマなどに遭遇した場合、生命の危機が迫っているわけなので、たとえ風邪を少々ひいていたとしても、「風邪を治すリソース(余力)があるなら、それらを眼前の危機に振り向けなさい!」という反射的な命令が全身を駆け巡ります。
手足を少しでも素早く動かせるよう、消化器などへの血流は抑えられて、骨格筋に栄養が集中します。また、引っかかれたり噛まれたりした場合に備えて、風邪ウイルスなどへの免疫は抑えられて、外傷性細菌に対して抵抗力が集中します。
その結果、風邪ウイルスに対する免疫反応は下落します。発熱や倦怠感といった「症状」は免疫反応が増強される際の反応ですが(体温を高めることで免疫細胞が活性化し、倦怠感を募らせることで活動による体力消耗が抑えられる。インターロイキンという情報伝達物質によってこれらの反応が連鎖的に引き起こされます)、クマや仕事といったストレスに直面すると、これらの免疫反応が抑えられるので、症状が一時的に緩和したように感じられるのです。
しかしその代償として、免疫反応が抑えられて、風邪はかえって治りにくくなります。言わば、「免疫力の落ちた高齢者が風邪をひくと、症状は出にくい代わりに長期化・悪化しやすい」のと同じような現象が生じているのです。どうりで仕事が一段落した途端、風邪がぶり返すわけです(熱が出て倦怠感が募って……という反応は、つらい症状ではありますが、免疫が活発化している証ですので良い兆候でもあるのですが)。
ちなみに、日頃から激しいトレーニングを積んだり、試合で緊張感を強いられたりするアスリート達も、ウイルス性の風邪やインフルエンザにかかりやすいと言われています。これもメカニズムは同様で、「激しいトレーニング」や「試合」というストレスが日常的にかかり続ける結果、リンパ球の活動が低下してウイルス性疾患に罹患しやすくなり、またその後も治りにくくなってしまうのでしょう。
風邪気味のときに「気合」で一時的に乗り切ることは可能ですが、それは症状と回復の先延ばしに他なりません。風邪をひかない/悪化させないためには、がんばった後はむしろしっかりと気を緩めて、休養を確保するほうが大切だと言えそうです。
文責:臨床心理士・名倉