おうばく通信
おうばく心理室コラム
2017年1月 5日 (木)
【おうばく心理室コラム/2017年1月】温故知新のタイプA
最近では取り上げられることが少なくなってきましたが、「タイプA」と呼ばれる傾向を持つ人は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞などの心臓病)を起こしやすいと以前から言われています(血液型のA型とはまったく関係ありませんので念のため)。
タイプAとは一体どのような傾向なのでしょうか?
この考えかたは、心臓病クリニックの待合いソファが他科クリニックに比べて早くすり減ってしまうことに気づいたアメリカのある医師に端を発します。どうしてなのか怪訝に思った医師が待合い室を観察してみたところ、原因が見えてきました。心臓病を抱える患者さんの大半が診察を待っているあいだイライラして、せわしなく身体を動かしたり貧乏ゆすりしたりするためにソファがすぐにすり減っていたのです。……ということは、短気な人は心臓病になりやすいのではないか?? と。
この発見に着想を得てアメリカで大規模な調査を行ったところ、推察通りの結果が出ました。「競争的で短気で怒りっぽい性格傾向と、精力的でいつも多くの仕事を抱えて時間に追われる行動傾向を併せ持つ人々は、このような傾向が小さい人々に比べて、虚血性心疾患を発症する危険性が約2倍になる」との統計データが明らかになったのです。そして、このような性格傾向・行動傾向はタイプAと命名されました。
要するに「モーレツ人間は心臓病になりやすい」わけで、そのメカニズムについてもいくつかの要因が指摘されています。
まず、タイプA者は自ら活動量を増やして仕事を抱え込むため、必然的にストレスが多くなります。また、競争心が強くて気が短いため、ストレスに対して敵意や怒りを募らせやすく、つねに交感神経が優位でアドレナリンなどの分泌によって高血圧、高心拍の状態が続き、血管や心臓に負担がかかって病気になりやすいのです。
タイプA者はなぜここまで無理を重ねて自分を追い込んでしまうのでしょうか? 何事もほどほどにしたり、仕事が終わったらゆったりくつろいだりすることがなぜできないのでしょうか?
もちろん人それぞれだとは思いますが、現代社会においては労働や競争に際限がないため、達成感や評価を常に得続けようとする依存状態(ワーカホリック)に陥りやすいように感じます。また、労働や競争に没頭することで、家族問題や生きる意味といった、より本質的な事象から目を背けられるというメリットもあるかもしれません。
もともと私たち人類は原始時代から狩猟採集生活を過ごしてきたわけで、その日に食べる獲物が手に入ればそれ以上に獲ろうとはせず、食事をしたら満足して休息していたと考えられます。食べられる以上の獲物を獲ったところで、食べきれずに腐ってしまうだけだからです。「空腹などの欲求が生じると行動し、欲求が充足すれば休息する」という毎日こそが、私たちの本来持っている自然なサイクルなのです。
しかし現代社会においては、お金や名声をはじめとする、人間が作り出した「概念」によって私たち自身が振り回されるようになりました。人類が繁栄するうえで経済社会や労働社会に大きな利便性があるのは紛れもない事実ですが、その一方で、概念上の欲求には物理的な上限がないため、いくら大金を稼いでももっともっと稼がないと不安になる、名声を得てもさらなる地位を求めてしまうといった、際限のない希求ゆえの不幸を代償として背負うことになったのです。現代社会は「足るを知る」のが非常に難しい時代だと言えるでしょう。
タイプAの研究は現在ではあまり顧みられなくなった感があります。ワーカホリックや過労死といった話題も一時期にくらべると下火になり、かわって新型うつ病や回避的人格といった話題が世を賑わすようになりました。
それでも本質的な部分は変わっていないと感じています。なぜなら私たちは、次の3つのモードを状況に応じて切り換えながら暮らしているからです。
「快を追求する」:もともとは獲物を追いかけたり、果物を探し求めたり、意中の異性に求愛したりするときのモードでした。これが現代社会では、利益を追求したり、ギャンブルにのめり込んだり、美食やお酒などの快刺激にふけったりといった行動につながっています。
「脅威を回避する」:もともとは外敵から逃げたり、暑さ寒さをしのぐために移動したりするときのモードでした。これが現代社会では、不登校や出社拒否を起こしたり、家庭問題から目をそらすため毎日残業したりといった行動につながっています。
「ただ穏やかにすごす」:もともとはありつけた食料を胃におさめて洞窟や草原など安全な場所でくつろいで過ごしているときのモードでした。これが現代社会では、日常生活のなかで減少していると言われています。
「快を追求する」モードと「脅威を回避する」モードは、方向性こそ快・不快で正反対ですが、どちらも駆り立てられるように行動する点で共通しています。いずれも興奮や恐怖によって交感神経優位な状態が持続するので心身が消耗していきます。一方、「ただ穏やかにすごす」モードは何かに駆り立てられるのではなく、ゆったりと時間を味わいながら過ごすので副交感神経優位な状態となり心身の回復につながります。
現代社会にはさまざまな刺激があふれているため、私たちは常に快・不快に駆り立てられる生活を強いられがちです。だからこそ、意識して「ただ穏やかにすごす」モードに切り替える時間を作っていくことが大切なのです。
ただし、四六時中ずっと「ただ穏やかにすごす」モードで過ごしていると、今度は刺激が乏しすぎて自律神経自体が停滞してしまうので、交感神経に活を入れるための刺激がある程度は必要です。原始人の場合でも、(こんなことはあり得ませんが)食料が毎日ベルトコンベアーで洞窟の前に運ばれてきて自分たちは食っちゃ寝しているだけでいい生活が訪れたら、おそらく彼らはみな覇気を失って無気力状態になってしまうことでしょう。
それでも私たち現代人は、タイプA者のように過活動へと駆り立てられたり、回避性人格のように苦役から逃れることに駆り立てられたりしやすくなっています。だからこそ、今の時間そのものをゆっくり味わうことが一層重要になってきているのです。
では、具体的には何をどうすれがいいのか? ひとつのヒントとして、タイプA傾向を緩和するための行動療法プログラムをいくつか挙げてみます。
「食事のときは食べることに専念して、ゆっくり味わう」:新聞やスマホを見ながら食事せず、夕食なら30分以上かけてそれぞれの食材をゆっくり味わいましょう。仕事のことなど雑念が頭に浮かんできても傍らに置いて、味わうことに集中するよう意識します。
「食事のあとは休息時間をあらかじめ決めておく」:休息時間のあいだは決して仕事をせず、何もせずボーッとするか気分転換になるようなことをするよう心がけます。
「歩くスピードを遅くする」:タイプA者は時間が惜しいからとセカセカ早足で歩く傾向がありますが、移動のため歩く時間そのものをゆっくり味わうようにしましょう。歩いているときの足の感覚や、周りの風景、肌に感じるそよ風などに注意を向けて味わいます。
……いかがでしたでしょうか? もしご自身にタイプA傾向があると思われるなら、是非こういった心がけをしていただければ幸いですし、タイプA傾向でなくとも常になにかに追い立てられているような感覚があれば是非、「ただ今を穏やかに味わう」時間をお持ちいただければと思います。
文責:臨床心理士・名倉