おうばく通信
おうばく心理室コラム
2016年12月 5日 (月)
【おうばく心理室コラム/2016年12月】怒りをうまくコントロールする秘訣
私たちは「怒り」という強い感情を持っています。普段は冷静沈着な人でも、怒りに駆られると感情に任せた行動をとってしまい、周りの人々が驚いたり、当の本人もしばらくしてから激しく後悔したりします。
これは一体どうしてなのか? 衝動的な怒りに対して、私たちはどう対処すればいいのか? 今回はこのあたりについて探ってみたいと思います。
「怒り」が生じる生物学的なメカニズム
怒り生じるとき、大脳の「扁桃体」という部位が活性化します。扁桃体は恐怖や怒りなどの感情をつかさどる部位です。
私たちのは「脳幹」「大脳辺縁系」「大脳新皮質」の3つに大別され、それぞれが異なる役割を担っています。
いちばん奥の中心部分にある「脳幹」は最も原始的な脳で、呼吸や心拍、消化、睡眠、瞳孔反射、姿勢反射など生命維持の根幹部分を司っています。これらは無意識のうちに自動的に調整されている機能です。
その外側にある「大脳辺縁系」は脳幹に次いで原始的な脳で、動物たちにも共通してみられる本能的な行動や感情(恐怖や不安、怒りなど)を司っています。怒りの場合は、大脳辺縁系の中の「扁桃体」という部分がとくに活性化します。 さらに外側のいちばん表面にある「大脳新皮質」はサルや人間など高度な動物で発達した、進化的にもっとも新しい脳で、思考や判断といった私たちの知性を司っています。とくに大脳新皮質の中の「前頭葉」という部分は、怒りをはじめとした感情を理性的にコントロールする役割を担っています。
つまり、怒りという感情は「扁桃体で生じて前頭葉でコントロールする」仕組みになっています。ゾウとゾウ使いの関係にもなぞらえられ、この場合、ゾウ=大脳辺英系(扁桃体)、ゾウ使い=前頭葉(前頭前野)ということになります。 たとえば、同僚から怒鳴られた場合、まずは脳幹の働きによって反射的に体がビクッとして、続いて扁桃体の働きによって恐怖と怒りから頭に血がのぼり、さらに前頭葉の働きによって「とりあえず冷静に話を聞こう」と理性的に行動することになります。
「怒り」とは何か?
怒りの起源は、動物が自分の身が脅かされたとき(他の個体に餌を奪われたときや、縄張りに侵入されたとき、繁殖相手をめぐって競合が生じたときなど)に感じる原始的な感情にあります。
私たち人間においては、空間や異性など物理的な事柄だけでなく、評価や待遇など社会的な事柄も怒りの対象に含まれます。
怒りにはプラスの側面もあります。もともとは動物を含めて私たちが自分の身を守るための大切な感情ですから、他者からの侵害に対して自分の身を守るという原始的な働きもありますし、不当な扱いや評価に対して怒りを表現することで事態が好転することもあります。また、怒りによって心身の活動性がアップして普段よりも高いパフォーマンスを出せることもありますし、怒りから派生する悔しさが努力の原動力となる場合もあります。
しかし、怒りにはマイナスの側面もあります。カッとして冷静な判断ができなくなって暴言や暴力など反社会的な行動を取ってしまうと、その時はスカッとするものの、後から大きな社会的制裁を受けることになります。怒りが長引くと心臓や内分泌系に高い負荷をかけ続ける結果、心筋梗塞や糖尿病のリスクが高まります。怒りのほこ先が自分に向かうと自分を責めてしまい、うつ病のリスクが高まります。
怒りをコントロールするのが難しい理由
怒りという感情が発生するのは生物学的にごく自然な現象であり、怒りそのものを完全に無くすのは非現実的です。一方で、怒りは前頭葉の働きによって理性的にコントロールされるわけですが、ここにひとつの問題があります。怒りの発生と前頭葉によるコントロール発動との間には3秒~6秒のタイムラグがあるため、突発的な怒りに対して私たちの理性はすぐに対応できないのです。
しかし実際には、衝動のまま相手に怒りをぶつけてしまうと、取り返しのつかない結果を招いてしまいます。同僚を殴ってしまうと暴行罪になりますし、同僚に暴言を吐いてしまうと孤立して職場に居られなくなってしまうかもしれません。
したがって、ムカッ! と怒りがこみあげたときは、その直後の「6秒間」をいかに時間稼ぎするかがとりあえずの勝負です。怒りの直後は原始的な脳に支配されている状態ですが、怒りの発生から6秒経てば前頭葉が働き始め、理性的で長期的な損得計算に基づいた、本当にその人らしい行動をとれるようになるのです。
キレそうなときの応急対応
では、怒りの直後の「魔の6秒間」をどうやってしのげばいいのでしょうか?
怒りを感じてもすぐに言葉や態度に出さないことがポイントです。「間髪入れず反撃して相手を屈服させたい!」「そうすればスカッと爽快になれる!!」といった誘惑にかられるかもしれませんが、それは原始的な脳があなたを支配している状態の現れです。動物たちであれば、縄張りに侵入されて怒りを感じたら即座に攻撃して追い払うことが適応的な行動ですが、現代社会で生活している私たちは、原始的な脳の命令のまま衝動的に行動してしまうと大きな代償(社会的制裁など)を払うことになります。
魔の6秒間をやりすごす一例をあげてみます。
<相手と会話をしている場合>
「はい……」と言いながら、リラックス呼吸法(4秒吸って4秒止めて4秒吐いて4秒止める→しっかり息を吐いて血中の二酸化炭素濃度を維持する)をこっそり行う等。
<相手と会話をしていない場合>
席を外して外の空気を吸ったりお茶を入れたりする。家族に電話して話す等。 目の前に相手がいる場合は、「そう言われましても…」とか「お言葉ですがそうではなくて…」といった反論を反射的にしないことはもちろん、ため息や舌打ちなど非言語的な表出も控えることが重要です。
近年の脳科学研究では、怒りの軽減には「注意のコントロール」(他のことに意識を向ける)と「認知的再評価」(物事への考え方を切り替える)の2つに大きな効果があることが示されています。
私たちの脳は一度に複数の作業に集中できないので、ほかのことに意識をそらすことで怒りが軽減していきます。また、認知療法で行われるように、原因に対する考え方を変えることも怒りの軽減に役立ちます。
「 注意のコントロール」:
例えば、目の前に相手がいる場合は、机の下でこっそり自分の手をつねって痛みに意識を向ける。相手がいない場合は、スマホでゲームに集中する等。
「認知的再評価」:
例えば、「上司は朝から機嫌悪いけど、家で夫婦げんかでもしたのかな?」「こいつは自分の冷静さを存分に発揮できる、挑戦しがいのある状況だ!」等。
…以上いかがでしたでしょうか? ご自身の長期的な損得のためにも、すぐに使える「怒りコントロール法」をよければお試しいただけましたら幸いです。
カウンセリングでは、さらに中~長期的な視点からも怒りのコントロールを支援していますので、お困りごとのあるかたは気軽にご相談ください。
文責:臨床心理士・名倉