おうばく通信
おうばく心理室コラム
2016年3月 5日 (土)
【おうばく心理室コラム/2016年3月】カウンセラーをしていて嬉しいこと
「カウンセラーという仕事をしていて、嬉しいことと悲しいことは何ですか?」
ずいぶんと前に心理の学生さんからこんな質問をされたことがあります。咄嗟のことでもあり、また当時は今以上に経験も浅かったので、あまり下手なことも言えないと留意しつつ無難な内容を手短に伝えたおぼえがありますが、以降、本当のところは何なのだろうなあとふと考えることが時折あります。
…というわけで、まずは「嬉しいこと」から挙げると、なんといっても「患者さんの症状が改善して元気になってくださったとき」がダントツでトップです。 私たちが何のためにカウンセリングをしているかと言えば、患者さんの苦しさが少しでも軽減されてご本人が望む方向に歩んでいけることを目的にしているわけですので、この目的が達せられたら自分が少しでもお役に立てたと思えて、心から嬉しく感じるのは当然と言えましょう。
ただ、お会いした端からみるみる改善される患者さんというのは少数です。このような患者さんは、カウンセリングなど受けなくても自分で回復する力を十分に持っておられたか、あるいはすぐ良くなる代わりにまたすぐ悪くなる風見鶏のような経過を繰り返しておられるかのいずれかである場合が多いと感じています。「前に進む力は持っているけれどその力の向け方が分からず停滞している」タイプのケースでは、1~2回の面接で劇的に前進される場合もあり、これはこれですぐに結果が出て双方嬉しいものですが、数から言うと少数派で、あくまでもラッキーボーナスのような事例だと思っています。
したがって全体としては、なかなか思うようにつらさが改善しない焦りと不安を抱えながらも少しずつ問題を整理し、ご自身の性格傾向を振り返り、新たな対処スキルを身につけ、どこに向かって進んでいくかについても相談しながら、不適応状態から適応状態へと一歩一歩進んでいくようなイメージでしょうか。
つらい時期を脱してゴールに到達するまでの期間は個人差が大きく、数ヶ月程度でよくなる方もいらっしゃれば、年単位になる方もいらっしゃいます。長い場合だと5年以上の面接におよぶこともありますが、つらい時期を長いあいだ踏ん張ってくださった末に改善されたケースは、こちらの嬉しさもひとしおであると同時に、1年や2年であきらめてはいけないんだ! という大きな勇気を与えてくださったことへの感謝の念にたえません。
このような喜びに比べると相当スケールダウンしますが、次に嬉しいこととしては「相手の話をしっかり聴く大切さと楽しさを知ったこと」が挙げられるでしょうか。
恥ずかしながら私自身、今の仕事に就くまでは相手の話を聴くよりも、自分の話を聴いて欲しい! 自分のことを知って欲しい! 自分のことを褒めて欲しい! 自分の言った冗談で笑って欲しい! といった気持ちのほうが強いほうでした。といって、もともと口下手なので大したことは全然喋れませんでしたが、それでも聴くより話すほうに気持ちが向いていたのは紛れもない事実で、いま振り返るとずいぶん損をしていたなァと思います。
というのも、自分にばかり気持ちが向いて相手の話をしっかり聴くことができなければ、いつまでも世界が広がらないからです。
もちろん、自分の話を聴いてもらえたり、褒めてもらえたりするのは嬉しいものです。ただ、これだけだと単なる自己確認&自己完結に終わってしまい、それ以上のものは得られません。一方、相手の話をしっかり聞くことができれば、その人の気持ちや考え方を深く理解でき、相手との関係も自ずと良くなっていきます。いろんな人の多様な価値観に接しながら交流の幅も広くなることで、自分の世界が広がり豊かになっていく実感を持っています。
この仕事に就くためにまず叩き込まれたのは、まさに「相手の話をしっかりと聴く」訓練でした。相手が話している間、なにか口を挟みたくなったり尋ねたくなったりしても、とにかく最後まで耳を傾ける。ただ相づちを打つだけでなく、考え方や気持ちに全力で耳を傾ける。そうする中で見えてくるものがあることを学び、実感できたことは、仕事のうえで役立っているとともに、実生活での人間関係の広がりにもつながっていて、ちょっと大仰かしれませんが「人生で得た大切なこと」のひとつです。
これ以外にも嬉しいこととしては、月給をいただけて生計を立てられること、仕事を通じていろんな人に出会えたこと、カウンセリングの技法を自分や家族にも用いることで精神安定につながっていることなどがありますが、上に述べた2つに比べると特筆すべき点は少ないので、今回はこのあたりで筆をおかせていただきます。
次回は「この仕事をしていて悲しいこと」について書いてみたいと思います。うーん、なんだか書きにくそうだなあ(笑)。
文責:臨床心理士・名倉