おうばく通信
おうばく心理室コラム
2015年12月 5日 (土)
【おうばく心理室コラム/2015年12月】認知療法のちょっとしたコツ
認知療法(認知行動療法)でよく使われるツールに「思考記録表」があります。
一般的には「コラム法」と呼ばれるもので、5つのバージョン、7つのバージョンなど幾つかのバリエーションがありますが、基本的には、「ネガティブな気持ちが強くなったとき、そのきっかけとなった状況と、そのときの気分、そのとき浮かんだ思考(=自動思考)をシートに書きながら、自動思考がほんとうに現実に即した考え方かどうかを検討する」というプロセスを実行します(当カウンセリングセンターでも使っておりホームページにもアップロードしていますので、よければご参照ください)。
この思考記録表、認知療法の初心者はややもすると、状況と自動思考が漠然とした状態のまま無理やりポジティブな考え方をひねりだして記入する傾向があります。たとえば……
状況:上司がこわい
気分:しんどい
自動思考:この先どうなってしまうんだろう
合理的思考:いや、なんとなるさ、きっと大丈夫!!
という風な感じです。これでは無理やり自分に言い聞かせているだけで、実際に気分が楽になる可能性はきわめて低いでしょう。自分の部屋に「大丈夫! 俺は成功する!!」みたいな何の根拠もない標語を貼っているのと同じレベルです。
思考記録表の目的は、自分自身の「思考」を正確に特定したうえで、それを客観的に吟味することにあるのですが、そもそもの出発点が曖昧だとフニャフニャの土台に家を建てるようなもので、いくらがんばって書いたところで腰砕けになってしまうこと請け合いです。
では、どういう風に書けばいいのか? ポイントをいくつか挙げてみます。
「状況」は、ネガティブな気分に陥るきっかけとなった具体的なエピソードを、できるだけ5W1H(いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように)を明確にして書きます。
「気分」は、そのときの気持ちや感情をできるだけ細やかに、ピッタリくる言葉で書きます。いろんな気分が混在していることも多いので(たとえば、不安と怒りなど)、自分の心に耳を傾けてみてください。
「自動思考」は、「気分」欄に書いたネガティブな気分の背後にある、そのとき浮かんだ考えを書きます。その際、「自分に対する評価」「将来に対する評価」「相手に対する評価」という3つの視点から整理してみると思考の本質が明確になります。
「合理的思考」は、「自動思考」が考えすぎではないかどうかを客観的事実に基づいて吟味したうえで(そのために7コラム法では「根拠」欄と「反証」欄が設けられています)、現実的にはどう考えるのが妥当かを記入します。客観的事実としての反証を考える際のポイントは、他分野と過去を含めて例外を探すことです。今回失敗したのは事実だとしても、他分野でも失敗ばかりしているのか? 今までも失敗ばかりしていたのか? を考えてみると、決してそうではないことを示す事実が浮かんできやすいものです。
さきほど挙げた思考記録表の悪例を、これらのポイントを押さえながら書き直してみると……
状況:職場で昨日、提出した報告書に誤りがあり、上司から「こんなことも一人で出来ないのか!」と叱られた。
気分:自責、不安、怒り
自動思考:私は能力の低い劣等社員だ(自分に対する評価)。いつか左遷かクビになるに違いない(将来に対する評価)。こんなキツい言い方をする上司も上司で冷血人間だ(「相手に対する評価」。
合理的思考:先月作った企画書は高評価だったから私の能力全てが低いわけではない。今までもミスして叱られたことはあったが左遷にもクビにもなっていないから今回も大丈夫だろう。上司も先日は私をかばってくれたから冷血人間ではないし、今回は上司の虫の居所が悪かったのかもしれない。したがって今回のミスで絶望することはないけれど、ケアレスミスはなくすよう今後は気をつけよう。
という風になります。
なお、気分の落ち込みを招きやすい自動思考としては、「自責的」「全般的」「永続的」という3つの要素があります。
「自責的」というのはマイナスの出来事の原因が自分にあると考える傾向で、「今回の失敗はすべて自分の不注意のせいだ」といった考え方がこれにあたります(実際にはタイトな〆切日を要求してきた上司にも原因があったりするにもかかわらず!)。
「全般的」というのはマイナスの出来事が起こるとそれ以外の何もかもダメと考える傾向で、「今回の失敗は自分が会社にとって不必要な人間であることを意味している」といった考え方がこれにあたります(実際には報告書以外の業務は滞りなく行えていたりするにもかかわらず!)。
「永続的」というのはマイナスの出来事の原因が不変的要因にあり今後も同じことが続くと考える傾向で、「今回の失敗は自分の頭脳の悪さにあるのだから今後も失敗ばかりして叱られ続けられるに違いない」といった考え方がこれにあたります(実際にはそのとき風邪気味で一時的に注意力が低下していただけだったりするにもかかわらず!)。
つまり、
・ダメなのはすべて自分のせいだ
・自分は何もかもダメな人間だ
・この先もずっとダメだ
…といった考え方は、得てして悪いほうに考えすぎている状態なので、本当にそうなのかどうかを手順に従って検討しながら、現実的な考え方を見いだしていきましょうと。この手順に用いるのが認知行動療法の思考記録表(各種コラム法)なのです。
そんなわけで、コラム法を自分でやってみたものの釈然としなかったり、ちっとも気分が変わらなかったりする場合には、上記のポイントを意識しながらチャレンジしていただければと思います。
当カウンセリングセンターにも認知行動療法を行うカウンセラーが複数おりますので、よければご利用いただければ幸いです。
文責:臨床心理士・名倉