おうばく通信
おうばく心理室コラム
2015年7月 5日 (日)
【おうばく心理室コラム/2015年7月】「グレーの箱」ってなに!?
先日、ある患者さんから「グレーの箱に入れておけばいいってことですね」との言葉を聞いて、なるほど上手い表現があるものだなあと感心しました。
グレーの箱というのは、すぐに白黒つかない事柄をとりあえず一時的に入れておくための、心の中の箱なのだそうです。その患者さんは、ほんとうは見通しが立たないことが苦手で、どんなことでもすぐに白黒つけてスッキリしたい性分らしいのですが、世の中なかなかそうはいきません。そんなとき、ずっとクヨクヨ考えてしまうとしんどくなるので、いったんグレーの箱に入れて、そのままにしておくよう心がけているというのです。
このような対処法は、心理学的にも理にかなっています。専門用語で「あいまいさ耐性」(ambiguity tolerance)と呼ばれる考え方で、読んで字の通り、あいまいな状況に耐える力を意味しています。あいまいさ耐性こそが、力が人格の成熟をしめす指標のひとつなのです。
身近な例として、たとえばこんなことはないでしょうか? 自宅で過ごしていて、ちょっと熱っぽい気がしてきたので棚に体温計を取りに行ったとき、そういえば長年使っていないトゲ抜きはどこだっけ? とふと気になって棚を探してみるも見つからず、どこに置いたんだろう? それとも捨ててしまったんだろうか? といよいよ気になってたまらなくなり、熱っぽいにもかかわらず本格的に家じゅう探し回ってクタクタになってしまった……。
さしあたって全く必要のないトゲ抜きであっても、どこにあるのか分からない状況、あるのかないのかも分からない状況というのは、白黒つかないあいまいな状態です。どこにあるのか突き止めたい! あるのかないのかハッキリさせたい! という気持ちが湧いてくるのも自然なことです。ただ、熱っぽいときに風邪を悪化させてまで家探しするのはどう考えても得策ではなく、とりあえずは「ちょっと気になるけどまた今度探すことにしよう」と置いておくことが大切でしょう。
トゲ抜きくらいなら、熱っぽさをおして探してしまったとしても日常生活への影響はそれほど大きくないかもしれません。しかし、たとえばお腹がちょっと痛くなるたびに、「胃ガンだったらどうしよう?」と不安になって、居ても立ってもおられずそのまま病院に駆け込んで精密検査を受けるような日々を送っている人がいたらどうでしょうか。おそらく仕事や家庭に大きな支障をきたして、さまざまなことが立ち行かなくなることは明らかです。
このような例は心気症と呼ばれる神経症ですが、根底には「胃ガンでないことを今すぐハッキリさせないと不安で不安で気が済まない!」というあいまいさ耐性の低さが存在しています。お腹の痛みが胃ガンの症状である可能性もゼロではないでしょうけれど、それほど強い痛みでなければ、「とりあえずしばらく様子を見る」というグレーの箱に入れる判断が大切です。
森羅万象たいていのことは白黒ハッキリしません。身も蓋もありませんが、この事実は変えられません。世の中「善い人」も「悪い人」もいますが、全ての人がそのいずれかに振り分けられるわけではなくて、どんな人も善い面と悪い面を両方持っているものですし、そもそも「善い面」「悪い面」の判断基準からして文化や時代によって大きく変動するものです。
では、白黒ハッキリさせるとはどういうことなのでしょうか?
私たちは、まわりの人々や物事を自分の枠組みで線引き・分類して、納得しようとします。納得できれば安心できますし、納得できないままだとストレスを感じます。だからこそ、半ば無理やりにでも「ぜったい大丈夫だ」とか「彼は自分の味方だ」とかいう風に竹を割ったように考えようとするわけですが、実際には不確定要素は常に存在していて、そういった自分の枠組みにおさまらない部分をそのまま受け入れられるかどうかがあいまいさ耐性の高低、ひいては人格の成熟度につながっているように思います。
もちろん、すぐに白黒つくような事柄はどんどんハッキリさせていけばいいでしょう。ただ、すぐに白黒つける必要のない事柄や、いくら努力しても白黒つかないような事柄に自分自身が捉われていることに気づいたら、とりあえずグレーの箱に入れてみてはいかがでしょうか。そして、グレーの箱に入れてしばらく経つうちに、あまり気にならなくなることもしばしばです。
グレーの箱しか持っていない人というのも、あまりにチャランポランすぎて困りものかもしれませんが、本稿のように退屈な文面をここまでお読みいただいた方にチャランポランな人などいらっしゃらないと思いますので、よろしければグレーの箱を一層大きくするよう心がけてみてください。
ちなみに筆者のグレーの箱は、何事もない平穏なときは電子レンジくらいの大きさはあると思っているのですが、いざトラブルに直面するとマッチ箱くらいのサイズになってしまうという、きわめて伸縮性・柔軟性に富んだ構造を自負しております。
文責:臨床心理士・名倉